『人生の真実』(グレアム・ジョイス著/市田泉訳、東京創元社)【翻訳小説書評:フォロワー感謝企画第一回】

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作成日:2018/03/13 最終更新日:2018/11/20 かいたひと:松崎有理

【もくじ】
1,発端
2,『人生の真実』書評
3,フォロワー感謝企画・200人目はどうなったか

1,発端


というわけで、はじまりましたよフォロワー感謝企画
これまでのいきさつををざっくり説明いたしますと:

  • 2018年2月末ごろ、フォロワー数が100人に届きそうだったので「これをきっかけにフォロワーさんたちになにかご恩返ししよう」と思いついてツイート
  • そのあと画面にはりついて100人目フォロワーを特定。なんと運のよいことに、現役の翻訳者さん。たしかに、松崎のフォロワーには翻訳関係のかたが多いのです
  • 100人目フォロワー@mayu_takさんに連絡。彼女から松崎へのリクエストは「新刊翻訳ミステリのレビューを書いてください」。松崎もフォロワーも楽しんでくれるだろうとの配慮。いやはや頭がさがります
  • とはいえ、松崎はミステリ分野にあまりくわしくないので、選書をお手伝いしてくださいと@mayu_takさんに逆リクエスト
  • すると彼女は情熱あふれるおすすめ本リスト(通称「@mayu_takリスト」)を送ってきた。しかも空気を読んで、ミステリだけでなくかなり幅広いジャンルから選んでくれた
  • リストの本がどれもこれもものすごくおもしろそうだったので、このさいぜんぶ読んでぜんぶ書評してやろうと思い立った

記念すべき第一回の書評は、『人生の真実』(グレアム・ジョイス著/市田泉訳、東京創元社)です。では、どうぞ。

2,『人生の真実』書評

「キャシー、おまえはおつむが弱くて、変てこで、大間抜けだよ」
「だって、変てこな家の生まれだもの」
 たしかにヴァイン家はおかしな家だ。

(35ページより引用、強調は松崎による)

いやいや、そんないうほど変じゃないから。ただちょっと、みんなだいすき肝っ玉母さんマーサ・ヴァインが幽霊や生霊からメッセージをうけとったり、エキセントリックな末娘キャシーが死者と子を成しちゃったりできるだけだから。

本書は世界幻想文学大賞受賞作だけど、超自然要素はそのくらいです。だから幻想文学という以外にもいろんな読みかたができると思います。お母さんと七人の娘たちを中心にした大家族ドラマでもありますし、第二次大戦末期以後のイギリスはコヴェントリーを舞台とした戦災復興小説でもあります。松崎は少年の成長物語だととらえて読みましたよ。

物語冒頭。まだ二十歳のキャシーはゆきずりの恋でうっかりできてしまった赤ん坊を他人に引きわたすため銀行の前に立っています。この赤ん坊が、のちの少年フランクです。けっきょくキャシーは、彼女だけがわかる予兆のような光をみて「やっぱりこの子、自分で育てるうううっ」(大意)と決意してマーサや姉たちの待つ家へ駆け戻るのでした。

ところがキャシーは母親としてはかなりの欠陥があります。落ち着きがなく、思いついたことは他人の目など気にせず実行。乳児がいようがふらっと買い物やダンスに出かけてしまいます。ときには精神病院に入ることさえ。だからフランクは、祖母マーサや六人もいる伯母たちの世話を順ぐりにうけて育つことになるのです。

「父親がおらず、親戚の家をたらい回し」。こう書くとすごく不幸そうにみえますが、フランクのばあいはその親戚たちがひとりのこらず彼を愛しまくっています。伯父たち、つまりフランクとは血のつながりがない男たちでさえ彼を熱烈に愛します。たとえば六女ビーティの夫バーナードは、フランクのために教授を殴り、パブを一軒廃業に追いこむのですよ。なぜかっていうとフランクがものすごくいい子だから。松崎だって「こんな息子ほしい」と思っちゃうくらい。彼のもともとの資質のせいか周囲が彼を愛するからか、彼はますますいい子に育っていきます。

そんなフランクにも、ヴァイン家のおかしなところが遺伝していました。四歳のころ世話になっていた五女ユーナとその夫トムの農場で、「ガラスの中の男」を発見するのです。フランクはこの秘密のともだちと会話し、贈りものをしたり、予言をうけとったりします。このため四女オリーブの夫で復員兵のウィリアムは嵐のような体験に落ちこむことになるのです。

しかし彼の能力も、伯母たちの家を転々としながら成長するうちすこしずつ減衰していきます。「ガラスの中の男」はしだいに話さなくなっていくのです。このくだりは、児童心理学でいうイマジナリーフレンドが消失する過程と解釈することもできるでしょう。空想上のともだちが不要になったとき、少年は真に成長して大人になります。「ガラスの中の男」の正体がなんであったのかは、本文中に巧妙な伏線が引かれておりラストであかされます。だから本書はミステリとして楽しむこともできるのです。

幻想文学、大家族ドラマ、戦災復興小説、少年の成長物語、ミステリ。どう読んでも魅力的な本書ではありますが、読書のさいキャラクタをなにより重視する松崎としては、末娘キャシーの魅力をさいごに語っておきたいところです。とにかく、ぶっとんでます。つぎになにをするかまったく予測がつきません。こういうタイプのひとって目が離せないんですよねえ。物語の後半で、対立した姉たちを仲裁するために断行した手段というのが、これまた独創的で。独創的なんだけど、そこまでにちゃんと伏線があってしっかり腑に落ちるのですよ。これだけ破天荒なのに、母としてまっとうに息子を愛しているところも好感度大です。授乳のときなんて乳首が裂けちゃってすごく痛そうですが、愛の力でまったくめげません。とにかく、フランクはみんなに愛されてしあわせですよ。あったかい読後感を保証いたします。本書に頻出する紅茶を、あるいはクリーミーな白い泡をのせたスタウトをお供にして、安楽椅子の上で今宵、いかがですか。

アイルランドのスタウト「ビーミッシュ」

写真はアイルランドのローカルブランド Beamish のスタウト。松崎はこれがいちばんのお気に入りです。なお3.1ユーロというのはもう10年も前の話だけど、たぶん「うちはギ○スより安いんだぜえ」と主張したいのではないかと。すみませんイギリスじゃなくて。


【ほかのかたによる書評】

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3,フォロワー感謝企画・200人目はどうなったか


もちろん200人目企画も行いましたよ。フォロワーさんにはすてきなグループを紹介していただきました。こんなふうに、新しいものに出会えるってとてもどきどきして楽しいなと思います。

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作中で主人公がめっちゃスタウト飲んでます。

『代書屋ミクラ』文庫版表紙
『代書屋ミクラ』
出版社 光文社
発売日 2016/4/12
文庫
定価 778円(税込)
解説 吉田伸子(書評家)

●二冊目の単行本『代書屋ミクラ』が文庫化しました。単行本バージョンとのちがいは、解説が付されたこと。それと表紙のデザインがびみょうに変わってます。
もくじと作品概要
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