作成日:2018/06/11 最終更新日:2018/10/27 かいたひと:松崎有理
#フォロワー感謝企画のおこりについては『人生の真実』(グレアム・ジョイス著/市田泉訳、東京創元社)【翻訳小説書評:フォロワー感謝企画第一回】をごらんください。
【もくじ】
はじめに・挿絵も著者ケアリーが描いてます
どんな話か
物語のキーワードその1・ボーイミーツガール
物語のキーワードその2・光と影
物語のキーワードその3・英雄神話
本作のそのほかの特徴、魅力
登場人物とその誕生の品リスト(ネタバレ注意)
はじめに・挿絵も著者ケアリーが描いてます
挿絵のある本のばあい、作家当人が絵を描いていると知ると松崎はとてもあんしんします。挿絵が表現する世界と文章が表現する世界にぶれがないとわかるから。本作も、カバーとすべての挿絵をエドワード・ケアリーが担当しています。
第一部『堆塵館』巻末の訳者あとがきで紹介されているように、ケアリーは自分同様に挿絵も描くタイプの作家として『ゴーメンガースト三部作』のマーヴィン・ピーク、トーベ・ヤンソン、ビアトリクス・ポターを挙げています。松崎はこのリストに、ヒュー・ロフティングとアーネスト・シートンを足したいところ。それと日本人なら忘れてはならない舟崎克彦も。
どんな話か
単行本で三冊からなるこの物語を強引に一行で要約すれば、「19世紀末、ロンドン郊外のごみ長者一族をめぐる物語」。ごみ長者ってなによ、という疑問がすぐさま読者の頭に浮かぶかと思うので、ここはまず一族の長ウンビット・アイアマンガーさまに自己紹介をしていただきましょう。これがまたかっこいいんだから。
「われらは風にただよう悪臭、(中略)そなたらの夢に現れる影、振り払うことのできぬ気味の悪さ、われらこそが、もっとも暗いごみの支配者アイアマンガーである」
(第三部『肺都』492ページより引用。強調は松崎による)
たしかにかっこいいけどますますわけわかんない、というあなたへ。ごもっともなのでもうちょっと説明します。アイアマンガー家は代々、ロンドンから出るすべてのごみを引き取り管理することで財をなしていたのです。ごみ処理、すごくだいじな役目だけどかんぜんに裏方です。廃棄物にはいろいろ利用価値があるのでたしかに金持ちにはなるでしょうが、かれらがどんなルサンチマンを抱いているかはなんとなく想像がつくと思います。かれらは首都ロンドンから隔離され、ごみをリサイクルしてつくった巨大な屋敷「堆塵館」に固まって住み、一族どうしで結婚します。かれらには「誕生の品」という奇妙な風習があります。誕生のさい品物をひとつ与えられ、それを生涯にわたって身につけねばならないのです。だから誕生の品が運悪く大きなものだったら、とてもたいへんです。なぜそんなおかしな風習があるのかは、物語が進むにつれあきらかになっていきます。
それでは以下で、みっつのキーワードをつかってこの物語をすこしだけ(ネタバレしないていどに)読み解いていきましょう。
物語のキーワードその1・ボーイミーツガール
さいわい、主人公クロッド・アイアマンガー(15歳半、病弱属性)の誕生の品は浴槽の栓という小さなものでした。彼はその栓をとてもだいじに扱っています。栓にも名前があることをクロッドは知っています。彼は物の声をきくことができる特殊能力を持っているのです。アイアマンガー一族の名前だけでもややこしいのに、その誕生の品の名前もいちいち紹介されるため、名前おぼえられない病の松崎はとてもたいへんな思いをしたので登場人物とその誕生の品リストをつくりました。この記事のさいごのほうに載せておきます。再読するかたと初読でもネタバレを気にしないかたはどうぞご利用くださいませ。
さてそのクロッド少年は、召使いとして堆塵館にやってきた少女ルーシー・ペナントと恋に落ちます。さいしょの出会いでクロッドのほうが一目惚れして、それをなかよしの従兄タミスに報告するシーンがとても初々しくてかわいらしいので引用しますね。
「ぼくの物語が訪れたんだよ、タミス。訪れたと思う」
「なんと、クロッド!」
「そうなんだ、タミス!」
(第一部『堆塵館』141ページより引用)
ルーシーの姿は第一部の裏表紙に描かれています。これをみると、ちょっとそばかすが多すぎる点を除けば意思の強そうな目をした、すっきりした顔立ちの美少女です。クロッドが一目惚れしちゃうのもうなずけます。なお彼女の美しさについては作中ではまったく触れられていません。著者は絵で説明をおぎなっているわけですね。
ルーシーのほうもクロッドにだんだん惹かれていきます。物語も中盤になるとずいぶん熱いことになっていますよ。
彼がすべて。わたしのすべて。こんな思いを壊せる人がいる? こんな強い思いを。とっても強い思い。壊そうとしてみたらいい。絶対に無理だから。
(第二部『穢れの町』292ページより引用)
東京創元社公式サイトで「屑屋敷版ロミオとジュリエット」といみじくも形容された本作。死んじゃったんじゃないかとか、死にはしないけどああなっちゃったんじゃないかとか、とにかく若いふたりはしじゅう読者の気をもませてくれます。そのくせふたりの恋にはちっともべたべたしたところがないので、恋愛ものに苦手意識があるひと(松崎もそうです)でもすっきりさわやかに楽しめますよ。
物語のキーワードその2・光と影
はい、また松崎のだいすきな「光と影」テーマの登場です。
上でもすこし触れました「誕生の品」。アイアマンガーとその誕生の品は表裏一体、光と影の関係にあります。物語を読みはじめのころは誕生の品=移行対象だろうと思っていましたが、読み進むにつれ「ああ、これは影なのだな」とわかってきました。だって誕生の品ってじつは、ごにょごにょ。ネタバレになるのでこれ以上は書けません。
物語のキーワードその3・英雄神話
クロッドはやがて誕生の品の秘密を知り、一族の長であり実の祖父でもあるウンビットの野望を知ります。そして思います、祖父を打ち倒すのは自分しかいないと。そうですこの展開、ジョーゼフ・キャンベルいうところの英雄神話ですよ。もっとわかりやすくいえば、強大なる父にうち勝つ『スター・ウォーズ』です。本作のばあい父ではなく祖父ですが構造は同じです。クロッドの特殊能力は作中でみるまに育ってゆきます。しかし同じ血の流れる祖父は同じように強いのです。本作には明確なタイムリミットがあります。そのときまでに、はたして彼は祖父の力を超えることができるのかどうかが最大の焦点です。
本作のそのほかの特徴、魅力
- 物語の発端からタイムリミットまでの時間経過はたった3ヶ月。よってすごく密度が濃い
- しかもそこらじゅうに伏線が。一行たりともおろそかにできない
- あちこちで引きがものすごい。最大のものは第一部ラスト。このクリフハンガーぶりはもはや伝説の域では。なお松崎はこのシーンで不思議な経験をした、なんと音楽が流れてきた
- というわけで、読むなら三冊一気読みを強く推奨。第一部だけとかぜったい欲求不満になると思う
- 第一部と第三部の巻末に訳者解説、第二部巻末に深緑野分さんの解説。いずれも熱いだけでなくとてもていねい。購入を迷っているかたはまず書店でここを読んではいかが
登場人物とその誕生の品リスト(ネタバレ注意)
- クロッド・アイアマンガー 主人公。15歳半。病弱で館から出たことがない。浴槽の栓、ジェームズ・ヘンリー・ヘイワード
- ロザマッド叔母 ドアの把手、アリス・ヒッグズ
- アライヴァー叔父 医師。鉗子、パーシー・ホッチキス
- オマボール・オリフ 祖母。誕生の品を選ぶ係。マントルピース、オーガスタ・イングリッド・アーネスタ・ホフマン
- ティムフィ叔父 家守。呼子笛、アルバート・ボーリング
- ルーシー・ペナント 16歳。マッチ箱、アーダ・クリュックシャンク
- タミス 従兄。浴槽の蛇口、ヒラリー・イヴリン・ワード=ジャクソン
- モーアカス 従兄。勲章(しゃべらない、半年前まではローランド・カリスといっていた。部屋に錠)
- ウンビット 祖父。一族の支配者。地下鉄道でまいにちロンドンにかよう。銀の痰壺、ジャック・パイク
- ブリッグズ 副執事。鼈甲の靴べら、トーマス・ナップ
- ピゴット 家事頭。コルセット
- スミス 錠前係。鍵
- アイリス クロッドの母。ピアノの鍵
- パンティアス クロッドの父。黒板消し
- ピナリッピー 従姉。ふたつ年上。クロッドの婚約者。レースの敷物、グロリア・エマ・アティング
- オーミリー 従姉。ジョウロ、アイヴィー・オーバスノット
- スターリッジ 執事。カンテラ
- オリス・グルームとオディス・グルーム 料理人。砂糖切り器とゼリー用流し型
- イドウィド叔父 ティムフィの双子の兄。長官、ロンドン在住。盲目だがものの声を聞ける。鼻毛切りはさみ、ジェラルディン・ホワイトヘッド
- リピット・アイアマンガー 行方不明の従兄。ペーパーナイフ、アレクサンダー・アークマン
- フローレンス・バルコンベ いなくなったアイアマンガー。鼻が大きい。茶こし、パーシー・デトモルド
- メアリー・スタッグズ 人違いされた孤児で赤毛の召使い。爪楊枝
- エレナー・クランウェル 13歳。コノート・プレイス23番地に住むロンドン市民。蝋燭立てになる
- ビナディット 屑山にひとり住む怪人
- ジョン・スミス・反アイアマンガー 名前からして明々白々なアイアマンガーの敵対者。外見が平均的すぎて記憶に残らない。いろんな道具を持っている。単独で、同族と、部下たちと仕事をする。アイアマンガーに対してひじょうに冷徹、瞬殺する
- アイリーニ・ティンタイプ 革人間の少女
【ほかのかたによる書評・解説など】
【おすすめ関連書籍】
『死刑執行人サンソン』安達正勝 こちらはノンフィクション。舞台はフランス、やはり家業にルサンチマンを抱く一族の物語。ラストまで読むとあまりの救いのなさに涙がでます。
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