『隣接界』(クリストファー・プリースト著/古沢嘉通と幹遙子訳、早川書房)【翻訳小説書評:フォロワー感謝企画第四回】

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作成日:2018/03/26 最終更新日:2018/10/27 かいたひと:松崎有理
#フォロワー感謝企画のおこりについては『人生の真実』(グレアム・ジョイス著/市田泉訳、東京創元社)【翻訳小説書評:フォロワー感謝企画第一回】をごらんください。


本書を手にとったとたん、直感がささやいてきた。「この本は裏表紙の内容解説をみないで読んだほうがいい」。

この内なる読書の神みたいな直感が松崎に話しかけてくることはめったにない。前回はたしかカズオ・イシグロ『わたしたちが孤児だったころ』で、メッセージは「この本はおもしろいからぜったい読め」だった。それは大当たりだったのである。そしてこのたび本書を読了し、巻末の訳者あとがきをひらくと、著者プリーストへのインタビューからこんなことばが引用されていた。

ジョン・ファウルズの『魔術師』をペーパーバック版で読んだんだけど、表紙が破り取られていて(中略)本の中身がどんなものなのかさっぱりわからなかった。そんなふうに小説を”目かくし“して読むのは、忘れがたい経験になるんだとわかった。だから、読者がそれと同じように『隣接界』を発見してほしいんだ」

(589ページより引用)

やはり直感は当たっていた。得心すると同時に、困ったことになったぞという自覚もわいた。なにせ本書は、100人目フォロワーさんからのおすすめ本リストに入っている。つまり松崎は本書で書評を書かねばならないのである。
書評とはふつう内容紹介がともなう。しかし著者プリーストの希望は、「表紙が破り取られて」いるかのようなまったき情報開示度ゼロ状態である。内容をあかさず、いかにして本書の魅力を伝えるか。こいつは挑戦だ。とにかく、できるだけやってみようと思う。

注意:以下、段落ごとに情報開示度があがっていきます。『隣接界』未読のかたはごじぶんのお好きな段階でこの書評をよむのをおやめください)

<情報開示度=ゼロ>
さいしょに、松崎の読後の感想を。めっぽう楽しめた。みてのとおり分厚い本なのでどうしてもなんどか読書を中断せざるを得ないのだが、本を閉じているあいだも物語が頭から離れない。身体は本の外でも心は本の中、という感覚をほんとうにひさしぶりに味わった。この没入感、超おすすめである。
と、これだけで終わってしまうのはあまりにも不親切だろう。どんなひとにおすすめなのか松崎なりに方向性を示してみたい。物語の内容に触れずにどうやるのかといえば、似た感じのほかの作品をつかって間接的に行うのである。いわば三角測量みたいなものだ。
まず読後感が似ている、と思ったのはダン・シモンズ『エンディミオンの覚醒』『エンディミオン』の続編にあたるので続けて読むほうがいい。ゆくゆくは救世主となる少女アイネイアーと、彼女を守る騎士役の青年エンディミオンの冒険物語で、ストーリー的には『隣接界』とまったく似ていない。しかし読了後に抱く感覚はデジャヴと思うほどよく似ている。だから『エンディミオン』シリーズを気に入ったひとはきっと『隣接界』も気に入るにちがいない。
つぎに似ていると思ったのは、鈴木光司『楽園』とフレデリック・フォーサイスの中編「時をこえる風」。この二作品は松崎がかってに「それでいいのか系ハッピーエンド」と名づけたカテゴリに入る。『隣接界』は厳密には「それでいいのか系」ではない。しかし読後感はやっぱり似ている。この二作がすきなひとは、きっと『隣接界』もすきになるだろう。
ついでに。手前味噌で恐縮だが、拙著『5まで数える』とも似たところがある。この拙著と『隣接界』を好む読者は重なるのではないかと推測する。だからどっちか片方を読んだかたは、もう片方も試してみてほしい。

<情報開示度=1>
本書『隣接界』にはおすすめの読みかたがある。

  1. 地図を用意する
  2. 地名が登場したら地図上にプロットする(年代も書いたほうがいいが、必須ではない)
  3. その場所でおもに活躍しているキャラクタの名前をフルネームで、できればニックネームまでもらさず書きこんでおく

以上をやりながら読み進めるとかくだんにストーリーの構造がわかりやすくなる。もちろん、こんな無粋なことはせずに自分の記憶のみに頼るというのも正しい楽しみかたのひとつなので、むりじいはしない。

<情報開示度=2>
本書は長編小説というより、「隣接」adjacent をキーワードとした連作短編集ととらえたほうがよい。はじめはばらばらな短編集かと思うだろうが、読み進むうちつながりがみえてくる。そのさい重要なのは、上の段落であげた「地名」と「名前」だ。

<情報開示度=3>
本書は、のっぴきならない事情で引き裂かれた男女がお互いを探し求める物語である。だからものすごくドラマチックかつロマンチックだ。そりゃあ没入できるわけである。

いかがだっただろうか。
本のカバーに書いてあるような情報はほぼ、出さずにすんだと思う。書評としてはかなり破格だが、この小稿によって『隣接界』を手にとり、物語の世界に没入してくれるひとがひとりでも増えてくれたら松崎はうれしい。おもしろいものはみんなで共有しましょうよ。

【ほかのかたによる書評】

【ネタバレ全開な関連書籍紹介・読了後にどうぞ】

  • 『ゾウを消せ! 天才マジシャンたちの黄金時代』ステインメイヤー
    19世紀から20世紀はじめくらいまでの近代マジックの歴史がわかる良書。著者はイリュージョンデザイナー(マジックの企画をするひと)。すべてのイラストを著者自身が描いており、おかげで内容がとてもわかりやすくなっている。「戦場のマジシャン」ことジャスパー・ マスケリンについては訳者さんがあとがきで補足してくれています。
  • 『脳はすすんでだまされたがる』マクニック
    マジシャンになると決意した神経科学者たちによる「世界初のニューロマジック」の本。奇術や神経科学的研究の実例が豊富に紹介されており、巻末にくわしい註もある。インドのロープ魔術については歴史も含めてよくまとまっている。エピローグには奇術から学べる人生の教訓が紹介されており、読後はなんだか勇気が出る。

【フォロワー感謝企画、ほかの書評記事】

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この本ですよ。

『5まで数える』カバー

出版社 筑摩書房
発売日 2017/6/8
単行本、四六判 264ページ
定価 1600円(税別)
装丁 アルビレオ
カバー 上田よう

●六冊目の単行本にして初のホラー短編集となりました。多様な舞台、いろんなテイストのお話が詰まっております。短編アンソロジーの好きな方におすすめです。電子版もあります(kindle楽天kobo、iBooks Store、紀伊国屋、hontoなど)。各種端末対応。ちょっと安くて1400円(税別)です。
もくじと作品概要
1、「たとえわれ命死ぬとも」動物実験が禁止されているので、自分の身体で実験するしかないんです ★冒頭試し読み
2、「やつはアル・クシガイだ――疑似科学バスターズ」ゾンビは一体も出てきません ★全文試し読み
3、「バスターズ・ライジング」科学者+奇術師=疑似科学バスターズ。その発足エピソードと、ドーナツ少々 ★冒頭試し読み
4、「砂漠」手錠でつなぎあわされた7人の凶悪少年犯罪者たちが飛行機事故で砂漠に放り出される ★冒頭試し読み
5、「5まで数える」失算症の少年、数学者の幽霊に出会う。モデルとなった数学者は表紙に浮いてます ★冒頭試し読み
6、「超耐水性日焼け止め開発の顛末」研究者二重オチのショートショート
●内容について、くわしくは筑摩書房内特設ページ、および当サイト内特設ページをごらんください。
「本よみうり堂」で朝井リョウさんによる書評が読めます。(公開終了しました)

松崎有理のほかの著作については、作品一覧ページをごらんください。

     

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