作成日:2018/04/09 最終更新日:2018/10/27 かいたひと:松崎有理
#フォロワー感謝企画のおこりについては『人生の真実』(グレアム・ジョイス著/市田泉訳、東京創元社)【翻訳小説書評:フォロワー感謝企画第一回】をごらんください。
本書袖の紹介文によれば、これはホラーであるらしい。しかも、主人公の女性はものかきであるらしい。
松崎にとって、作家内情ものはとにかく怖い。スティーブン・キング作品でいちばん怖いのは文句なしに『ミザリー』だ。ホラージャンルでなくても作家ものであればなんでも怖い。『バクマン。』だって、あれは漫画家さんたちの話だけど怖すぎて一話ぶんしか読めなかった。
だから松崎にとって本書は二重に怖いはずだ。なかばおびえながらページをめくった。
しかし。
なんたることか、あんまり怖くないのである。しかも読み進めるうち、怖くないを通り越してだんだんコミカルな気分にさえなってきた。
物語はこごえるような二月、火曜日の午後にはじまる。主人公(35歳、ふたりの子持ち、夫とは死別)のタイプライターが仕事のまっさいちゅうに故障。作家志望だというオタク系店員(26歳、ジョン・ヒンクリー似)に格安で修理してもらったところ、なんとタイプライターはみずから文章を打ち出すようになってしまった。
ここがきっとホラー小説的「怖いポイント」のはずだ。だが、怖くない。
怖くない原因はたぶん、タイプライターにある。
まずは、なぜ作中にタイプライターなどという古めかしい機械が登場するのか、説明が必要だろう。本書は若島正さんと横山茂雄さん責任編集の叢書「ドーキー・アーカイヴ」の一冊である。ドーキー・アーカイヴは、
知られざる傑作、埋もれた異色作を幻想怪奇・ホラー・ミステリ・SF・自伝・エンターテイメント等ジャンル問わず年代問わず、本邦初訳作品を中心に紹介する新海外文学シリーズ
(国書刊行会公式サイトより引用、強調は松崎による)
というコンセプトをもつ。本書はなんと1984年出版、だから主人公の執筆道具がタイプライターなのである。
松崎はタイプライターという機械に触れたことがないため、故障とか暴走とかいわれてもリアルに想像できない。つぎに、松崎は超常現象をまったく信じていないので「ひとりでに動きだす機械」もやっぱり信じられない。さいごに、このかってに綴るタイプライターがけっこうかわいいのである。だってこんな感じですよ。
主人公「タイプライター、いけず意地悪役立たずー」
タイプライター「そんなことないもん。タイプライターは最高・最強・万能だもん」
(以上、本文より松崎がかなり脚色)
ね、会話になってるでしょ。これをかちゃかちゃかちゃ、と紙に打ち出してやるわけである。松崎は読んでいてなんだかうらやましくなっちゃいました。いやあ、執筆作業って孤独なんです。だからときどきこんなふうに自分のMacもしゃべってくれたらなあ、と妄想せずにはいられなかった。
ほかにも、長い文章を書き終えたあと「完」と打とうとしたら「どういたしまして」とかわりに打ち出してきたりだとか、都合の悪い話題になるとみずから電源を切って黙っちゃうだとか、機械のくせにやることがいちいち人間くさい。こんなの怖いわけないでしょう。
怖くない要素はまだまだある。ネタバレになるので詳細は書かないけれど、もっと緊迫感があっていいはずなのになんだかまぬけだなあ、というシーンがあちこちに。でもじつはこれ、著者の意図したものだった。巻末の解説と著者あとがきによれば、本作はじつはホラー小説のパロディ/風刺だったのである。そりゃあ、間が抜けているわけだ。もっとも著者が風刺したかったのはホラーの大御所ではなく、その大御所を模倣してn匹目の泥鰌(nは自然数)をねらう有象無象たち、なのだそうだ。そういう目で再読すると、なるほどだからあんなステロタイプホラーシーンがあるのね、と納得できるし、ああまた出たー、とにやにやしながら楽しめる。
というわけで。本作にホラー的恐怖を求めているひとはきっと肩すかしをくらうだろう。でもエンタメ作品としては良質。主人公は夫の死の謎にちゃんと向き合って解決する、という王道展開で読後感がすっきりしている。なにより、古いジョークをうまくつかったサゲが愉快だ。それと主人公がたった二時間で書き殴った作中作短編がなかなか読ませる。日本の民話「猿婿入」に似ているけどこのモチーフって普遍的なのかな。それと松崎的には、主人公の息子(13歳、バスケだいすき)が『イナゴ身重く横たわる』を本棚に置いてるあたりがこっそりクールだなあと思いました。
【ほかのかたによる書評】
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『どろぼう熊の惑星』R. A. ラファティ
短篇集。「寿限無、寿限無」Been a Long Long Time はまさにこの「古いジョーク」を直球で扱っています。時間のとんでもない長大さにくらくらできますよ。 -
『言壺』神林長平
しゃべるタイプライターがほしくなったかた、この本にはもっとすごい執筆マシンが登場します。きっとあなたも一台ほしくなるはず。
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