作成日:2018/04/13 最終更新日:2018/10/27 かいたひと:松崎有理
#フォロワー感謝企画のおこりについては『人生の真実』(グレアム・ジョイス著/市田泉訳、東京創元社)【翻訳小説書評:フォロワー感謝企画第一回】をごらんください。
これは「黒いジェーン」の物語である。
「黒い」理由は表紙をひらけばすぐわかる。第一章の一行目が、これだ。
愛のために、また折々のやむなき事情から、わたしが犯した数々の殺人のうち、もっとも重要な意味をもつのは最初の殺人だった。
(11ページより引用、強調は松崎による)
大量殺人犯かい主人公ジェーン・スティール。黒も黒、真っ黒じゃないか。
本書の主人公を黒いジェーンというのなら、白いジェーンもいるはずだと読者は思うだろう。そのとおり、本書では19世紀の傑作文学『ジェーン・エア』がひんぱんに引用され、主人公はことあるごとにジェーン・エアと自分を重ねようとする。だから本稿ではジェーン・エアを「ジェーン・ホワイト」、ジェーン・スティールを「ジェーン・ブラック」と呼びたい。このふたりは光と影ではないかと松崎は思うのである。なおこの呼び方は、『私という他人』(映画『イブの三つの顔』の原作)に依っている。いわゆる多重人格もので、ふたつの相反する人格イブ・ホワイトとイブ・ブラックが統合して新たなみっつめの人格をつくるまでの物語だ。そういえばこの第三人格の名前もジェーンだったっけ。とにかく、小悪魔的人格のイブ・ブラックがことのほか魅力的だったように、本書のジェーン・ブラックもたいそう魅力的なのである。
ジェーン・ブラックの魅力を語るまえに、そのライトサイドであるジェーン・ホワイトにもすこし触れておこう。松崎が『ジェーン・エア』を読んだのはずいぶん昔で、しかも当時は読書メモなどつけていなかったので記憶をたぐるのに苦労した。よってウェブサイトの情報に頼りましたよ。このPDFはくわしいあらすじを画像つきで紹介してくださっていてとても便利でした。この場を借りて作成者さんにお礼申しあげます。で、まとめると、ジェーン・ホワイトはかなり不幸な境遇ではあるけれどひとをひとりも殺すことなくまっとうに生きた女性です。おしまい。
さて、ホワイトについてざっくり復習したところでブラックの魅力の解説に入る。彼女は当人が告白しているとおり殺人者であり、かつ嘘つきで泥棒でエッチなこともだいすきだ。それでも惹かれてしまうのは、この殺人がすべて「愛」や「やむなき事情」によるものだから。あんまりネタバレしちゃうわけにはいかないのでさいしょの殺人だけかるく紹介すると、彼女がたった9歳のとき自分を強姦しようとした従兄をつきとばしたら谷に落ちて死んでしまった、というものである。二回目以降の殺人は自己防衛のためではなく他人を害する者を殺している。勧善懲悪のようでつい応援さえしたくなる。このあたりは「義賊もの」「ピカレスクもの」人気と共通の心理だろう。松崎も正義の味方よりは悪役のほうがずっと好きである。アランジアロンゾのキャラクタならだんぜん「わるもの」と「うそつき」がお気に入りだ。
なぜブラックの殺人が勧善懲悪となるのか。悲惨な境遇のため泥棒で嘘つきになってしまったけれど、彼女の心は芯の部分がまっすぐなためだ。愛する男性に殺人の事実を伏せたままおつきあいなどできない、と苦悩しちゃうあたりがその典型。そんなの黙っときゃわからないのにあくまで正直さを貫こうとするのである。この性根ピュアなところが、彼女のまわりの登場人物たちも読者も惹きつけるのでしょうなあ。
本書はミステリカテゴリに入ってはいるが、ミステリ要素が出てくるのはじつは後半になってから。それはそれでページをめくる手がとまらないのだけど、ミステリ要素のない前半部分だってじゅうぶんエキサイティングでおもしろい。なぜなら、主人公ジェーン・ブラックが上述のようにとにかく魅力的で目が離せないだからだ。550ページ超とかなり分厚い本だけど厚さをまったく感じさせない。読後感もすっきり爽快、稀代のダークヒロインの活躍をぜひどうぞ。
【関連リンク】
【おすすめ関連書籍】
-
『影の現象学』河合隼雄
「光と影」の問題について知りたいならまずこれを。まず、というかこれ一冊でほぼわかったつもりになれてしまうとんでもない良書。文学作品から例をたくさん引いているので作家としてはたいへん便利に使わせていただいてます。
【フォロワー感謝企画、ほかの書評記事】
- 『人生の真実』(グレアム・ジョイス著/市田泉訳、東京創元社)【翻訳小説書評:フォロワー感謝企画第一回】
- 『嘘の木』(フランシス・ハーディング著/児玉敦子訳、東京創元社)【翻訳小説書評:フォロワー感謝企画第二回】
- 『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』(ケン・リュウ編/中原尚哉ほか訳、早川書房)(これが第三回に相当。翻訳ミステリー大賞シンジケートさまのサイトへとびます)
- 『隣接界』(クリストファー・プリースト著/古沢嘉通と幹遙子訳、早川書房)【翻訳小説書評:フォロワー感謝企画第四回】
- 『誰がスティーヴィー・クライを造ったのか?』(マイクル・ビショップ著/小野田和子訳、国書刊行会)【翻訳小説書評:フォロワー感謝企画第五回】
- 『アルテミス』(アンディ・ウィアー著/小野田和子訳、早川書房)【翻訳小説書評:フォロワー感謝企画第七回】
- 『蝶のいた庭』(ドット・ハチソン著/辻早苗訳、東京創元社)【翻訳小説書評:フォロワー感謝企画第八回】
- 『アイアマンガー三部作』(エドワード・ケアリー著/古屋美登里訳、東京創元社)【翻訳小説書評:フォロワー感謝企画第九回】
- 『地下鉄道』(コルソン・ホワイトヘッド著/谷崎由依訳、早川書房)【翻訳小説書評:フォロワー感謝企画第10回】
- 『ギデオン・マック牧師の数奇な生涯』(ジェームズ・ロバートソン著/田内志文訳、東京創元社)【翻訳小説書評:フォロワー感謝企画第11回】