『架空論文』特設ページ

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作成日:2017/07/25 最終更新日:2017/09/12 かいたひと:松崎有理

『鼻行類』か、それともソーカル事件か。
松崎有理が月刊電子文芸雑誌『アレ!』で2011~2012年に連載していた「架空論文」シリーズがついに書籍化されます。
このページでは、発売に先立ってその内容を随時公開していきます。

「架空論文」サンプル公開いたします。

こんな架空論文がほかに10本も入っています。でも、論文集ではなくて小説なんです。ラストにはおまけショートショートもついてますよ。(2017/07/25更新)

島弧西部古都市において特異的にみられる奇習“繰り返し「ぶぶ漬けいかがどす」ゲーム”は戦略的行動か? ——解析およびその意義の検証

ユーリー小松崎(比較民族文化研究所)、松崎有理(情報数理生命科学研究所)

はじめに

地図(京都)

図1A、島弧 および B、古都市 の位置。


 大陸東岸に位置する島弧の西部地域に千二百年の歴史をほこる古都市がある(図1)。当該地域には、その古さを反映してさまざまな特異的奇習がみられるが、近年になってようやく比較文化的研究がなされはじめたところだ(1)。なかでもよく知られたものが、つぎの奇習である(図2):
  1、客が主人の家をおとずれる。
  2、客が長居する。
  3、しびれをきらした主人は、「そろそろ帰ってほしい」の意味で「ぶぶ漬けいかがどす」と、いう。
  4、客は帰らない。
  5、3と4が無限に繰り返される。
「ぶぶ漬けいかがどす」ダイアグラム

図2、奇習「ぶぶ漬けいかがどす」ダイアグラム。


 ここでいうぶぶ漬け bubuzuke とはお茶漬け otyazuke という島弧伝統料理の別名である(2, 3;図3)。この古都市でのみ、前者の名でよばれる。
ぶぶ漬け説明イラスト

図3、ぶぶ漬け bubuzuke 図解。


 筆者らはこの奇習を“繰り返し「ぶぶ漬けいかがどす」ゲーム”と名づけ、繰り返しゲーム repeated game(4-6)の一種であるとしてその戦略的意義を解析することにした。この論文は、古都市の奇習についてゲーム理論の視点から論じた、世界ではじめての研究を報告するものである。

方法と結果

 “繰り返し「ぶぶ漬けいかがどす」ゲーム”の game tree を作成した(図4)。また、表1に利得 pay off マトリックスを示した。

繰り返し「ぶぶ漬けいかがどす」ゲーム”

図4、“繰り返し「ぶぶ漬けいかがどす」ゲーム” における game tree。
player A = 客、player B = 主人。かっこ内の数値は順に、p = 客の利得、q = 主人の利得。


“繰り返し「ぶぶ漬けいかがどす」ゲーム” の利得表
 表1における通常(上段)のばあい、player A =客の利得は繰り返し回数nが増大しても変化はない。客のなかでは、「訪問宅にいつづける快」と「まてどもまてどもぶぶ漬けが出てこない不快」とが相殺されるからである。
 いっぽうplayer B =主人の利得は繰り返し回数nが増大するにつれ減少する。客がなかなか帰ってくれないため不快さは増すばかりだからである。
 客にとっても主人にとっても最適な戦略、つまりナッシュ均衡 Nash equilibrium(7, 8)となるのは、node A0 において「ぶぶ漬けいかがどす」と主人にいわれる前に客が帰宅 Exit を選択したばあいである。

議論

 結果から疑問がひとつ生まれる。すなわち、この古都市において主人は、利得がマイナス無限大となる繰り返しゲームをなぜつづけるのか、である。
 筆者らは過去の研究(9)において、当該古都市にはいけず ikezu といわれる特異的戦略が存在することを報告した。いけずは意地悪 spite に似ているようだが、悪意がなく、積極的攻撃性もない。だから相手に気づかれないことすらある。相手への効果というよりは自問自答的ユーモアをたのしむ行動であるといえる。意地悪といけずのちがいを表2に示した。

いけずと意地悪の違い
 主人がいけずであるとき、表1下段にあるように、主人の利得はプラスとなる。「ぶぶ漬けいかがどす」と客にいうことで快を得るからである。このばあい、繰り返し回数nが増大するほど主人の利得も増大する。

結論

 “繰り返し「ぶぶ漬けいかがどす」ゲーム”の最終目的は、いけず戦略をとった主人が無限大の快感を得ることである。

謝辞

 
 本研究は、かけんひ、こと公的補助科学研究費(課題番号99083457)の助成を受けたものである。

文献

1, ユーリー小松崎(2010)島弧西部古都市において特異的にみられる奇習“一見さんお断り”の比較文化的意義 比較民族文化、45 112-123.
2, 小松左京(1963)お茶漬の味 SFマガジン1月号
3, 北大路魯山人(1932)鮪の茶漬け 星岡 昭和7年
4, Axelrod R. and Hamilton WD. (1981) The evolution of cooperation. Science 211, 1390-6.
5, Axelrod R. (1984) The Evolution of Cooperation. Basic Books, New York.
6, Axelrod R. (1997) The Complexity of Cooperation. Princeton University Press, Princeton, NJ.
7, Nash J. (1950) Equilibrium points in n-person games. Proceedings of the National Academy of Sciences 36(1):48-49.
8, Nash J. (1951) Non-Cooperative Games. The Annals of Mathematics 54(2):286-295.
9, 松崎有理・ユーリー小松崎(2011)島弧西部古都市における特異的適応戦略いけず ikezu の報告およびその進化的意義 数理と進化、in press.

 

PDF版もあります。以下からダウンロードできます:
小松崎ほか(2010)島弧西部古都市において特異的にみられる奇習“繰り返し「ぶぶ漬けいかがどす」ゲーム”は戦略的行動か? ——解析およびその意義の検証

松崎有理のこれまでの著作については、作品一覧ページをごらんください。

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