
作成日:2017/11/05 最終更新日:2021/01/08 かいたひと:松崎有理
「理系男子=チェックシャツ」のイメージはほんとうに正しいのか——イントロダクション
「理系男子の服装といえば、チェック柄のシャツ」。そんなイメージが広く流布しているらしい(1—3)。理系がチェックを着る理由は、いざというとき直角を確保するためであるとかデカルト座標に敬意を表するためだとか諸説あるがいずれも風説の域を出ない。
理系男子チェックシャツ問題は、裏付けとなるデータもないのに印象のみが先走っている可能性がある。そもそも、じつはあの年ごろの男子というのは多くがチェックのシャツを着るものであって、理系のみに限った現象ではないかもしれないではないか。
なお、筆者の理学部における学生時代の実感からいえば、「周囲そんなにチェックだらけだったかなあ。そうでもなかったような」である。もっともこの実感というのもまったく定量的ではなく、あてにならないことはチェックシャツイメージ派と大差ない。
なによりだいじな点は、「理系=チェック」という一方的イメージによりひそかに傷ついている理系男子も存在する(3)ことだ。データもないのに相手を一方的に論じることは偏見であり、払拭していかねばならない。
それでは、根拠となるデータは存在するだろうか。
理系男子チェックシャツ問題についてはいくつかの先行研究がある(1—3)ものの、いずれも大規模な調査によるデータを出したとはいいがたい。文献(3)はおそらくはじめてこの問題にデータで切りこんだ労作だが、惜しいことに母数が足りず、また「理系男子」グループとその対照となる「同年齢の他属性の男子」グループとの比較もされていない。
よって本研究では、可能なかぎり多くのデータをとることによって以下を明らかにする:
- 疑問1,理系男子は同年代のほかの男子たちよりチェックシャツをひんぱんに着ているのか
- 疑問2,もし1が正しいなら、その理由はなぜか
以上の問題が大規模調査によりアプローチされるのはおそらく例がない。本論文は、理系男子への偏見を軽減するための貴重な結果を報告するものである。
疑問1,理系男子は同年代のほかの男子たちよりチェックシャツをひんぱんに着ているのか
方法
国立総合大学である蛸足大学キャンパス内でのフィールド調査を行った。方法は人数のカウントである。
理系男子服装カウントの調査地は、蛸足大学理学部および工学部キャンパス。気温の低い季節は上着を着てしまうため外見で判断できないので、調査時期は5月下旬とした。調査員は各学部の食堂前で、目視により「チェック柄を着ている」人数と「そうでない」人数を数えた。のべ人数が2000人になるまでカウントした。
対照群の調査地としては、同大学文系四学部(文学、法学、経済学、教育学)キャンパスをえらんだ。蛸足大学はその名のとおり文系と理系のキャンパスが地理的に分かれているのでカウント時に両者が混じるおそれが少なく、今回の実験手法には好都合である。また同大学の学生で専攻がちがうだけ、というのは理想的な対照群となる。年齢層や所得、生活リズム、出身地の分布、所属サークルやコミュニティは理系学生と文系学生のあいだでほとんど差がない。こちら文系キャンパスでも、理工系キャンパスとまったく同じ手法で服装カウント調査を行った。
結果
図1,に理系/文系キャンパスでのチェックシャツ着用率を示す。明確に、理系男子のほうが着用率が高かった。世間のイメージは正しかった。
疑問2,1が正しいなら、その理由はなぜか
方法
文献(3)によれば、母数のちいさい調査ではあるものの、理系男子はチェック柄がさほど好きではないにもかかわらず、チェック柄のシャツをいくつも持っていることがあきらかになっている。またその理由として、世に販売されるシャツの多くはチェック柄であるという事実をあげている。これらを掘り下げるために大規模アンケート調査を行った。対象は、蛸足大学理学部および工学部の学生2000人である。該当学部の教官に協力をよびかけ、講義のさいにアンケート用紙を配布し「答えなければ単位はやらない」と告知することで回収率をほぼ100%にすることができた。
質問1. 理系男子がじっさいに服を買う場所を特定する
アンケートの質問1では、服を買う場所を選択式で回答してもらった。選択肢は「店頭/通販/家族など自分以外のひとが買ってくる/そのほか(自由回答)」である。
質問2.理系男子が服を選ぶときなにを考え、どんな基準を持っているのかをあきらかにする
質問2では、服を選ぶ基準をやはり選択式で回答してもらった。選択肢は「価格/色や柄/素材/着心地のよさ/似合っているかどうか/ひとに似合っているといわれたかどうか/そのほか(自由回答)」である。
結果
図2、には質問1の結果を示す。理系男子が服を買う場所は圧倒的に通信販売であり、文献(3)の予測を裏づける結果になった。図3、に示した質問2の結果は、ひじょうに意外なものとなった。二位の「価格」を大きく引き離して、「そのほか」が一位となったのである。自由回答欄をみると「なにも考えていない」「(通販のリストで)いちばん上に表示されたものを反射的に選ぶ」といった答えが頻出した。自由回答欄に書かれた頻出語句とその出現数を表1,に示した。

理系男子チェックシャツ問題への考察
疑問1,のための実験結果からは、理系男子は対照群と比べよりひんぱんにチェックシャツを着ているとわかった。疑問2,のための実験結果からは、理系男子は服の選択に注意をほとんど払っておらず、その結果いちばん数の多いチェック柄を選んでしまうことがわかった。つまり、彼らは服飾に興味がないのである。
いったい、なぜか。
理由として「異性の目の有無」をあげたのが文献(2)である。男子が服装に気を遣うのは異性の目を意識したときだけであり、男子ばかりの集まりでは服装などどうでもよくなる、という説を展開している。この仮説はひじょうに説得力があるのだが、正しいことを厳密に証明するには「理系学部に女子を大量投入したらどうなるか」の比較実験が必須である。今後の研究が待たれる。なお、逆の状況「女子ばかりのなかに男子を入れてみる」実験についてはすでに先行研究がある(4)。
では「異性の目仮説」は現段階ではひとまず置くとして、彼らが服飾に興味を持たない理由はなにか。筆者は「リソース節約仮説」を提案したい。研究者とは三度の飯より研究が好きな人種である。その研究者の卵が、理系学生でありその大多数が男子である。彼らが三度の飯をさしおいて勉学にはげむのは想像にかたくない。衣類とは「衣食住」のひとつであり、食事を忘れるくらいだから衣類に注意を払わないのももっともであるといえる。つまり、彼らは脳のリソースを衣食住には振り向けず、ひたすら勉学に向けているのである。つまり学生の理想の姿だ。チェック柄のシャツは学生の本分をまっとうしている明確なサインなのである。
結論
これからは、チェックシャツを着た理系男子をみても「だっせえ」などといわずにあたたかい目でみてやってください。彼らは未来のこの国、ひょっとしたら世界の科学技術をしょって立つ存在になるかもしれないのです。
引用文献
1、理系男子のチェックシャツが戦闘服である3つの理由
2,理系男子はなぜチェックが好きか。
3,理系男子のチェックシャツ問題について考えてみた
4,男子生徒の出現で女子高生の外見はどう変わったか―母校・県立女子高校の共学化を目の当たりにして 白井裕子 2006年「女性学年報」27号
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この論文はフィクションです。実験データはすべて架空です。
この論文は拙著『架空論文投稿計画』のスピンオフです。
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