一卵性双生児間における「あくび・もつれ(エンタングルメント)」現象を利用した超光速通信の可能性【架空論文】

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あくび通信は光速を超える

作成日:2020/11/23 最終更新日:2020/11/23 かいたひと:ユーリー小松崎(蛸足大学行動心理学研究所)

はじめに〜超光速通信実現へむけて

「なんぴとたりとも光より速く進むことはできない」と、アインシュタインはいった(1)。

光速の壁を超えることは人類の夢である。なぜなら、人類が宇宙へ進出し、銀河をまたにかけて活躍(2)するために必須の要件だからだ。宇宙船が超光速で航行できることに加えて、数百万光年かなたにいる宇宙船と地球とのあいだでリアルタイム通信も実現したいものである。返事をもらうまでに数百万年の二倍の長さの時間をじっと待つわけにはいかない。
「銀河をまたにかけて」とまで大風呂敷を広げなくとも、たとえば火星有人飛行(3)は現実のものとなりつつある。現在の通信方法は電磁波であり、光の速度と同じである。よってすぐとなりの惑星である火星とでさえ最大44分のタイムラグが発生する。これでは火星で緊急事態が発生しても地球側が即時対応することはできない。今後の宇宙開発の進展に先立ち、より高速な通信手段を模索することには大きな実用的利点がある。
光よりも速く情報を届ける技術、すなわち超光速通信の実現方法については先人たちが魅力的なアイデアを出してきた。タキオン(4)、ワームホールの利用(5)、量子もつれ quantum entanglement(6)などであるが、いずれも仮説の域を出ない。ワームホールやタキオンは現在のところ実在の証拠がみつかっていないし、量子もつれは有望なようで情報を伝えるには不適である(7)。
ところで、あくび yawn は伝染する性質がある。とくに親しい人間に伝染しやすい(8)。筆者らはこれを利用し、あくび伝染時間を測定すればふたりの人間のあいだでの客観的好感度推定に使えることを実験的に示した(9)。そのさい、あくび伝染時間がほぼゼロになるペアも存在することを確認している(未発表データ)。つまり極限まで仲のよいペアであれば、光速を超える速さであくびを伝染させることができるのではないだろうか。これが可能なら、超光速通信研究を進めるための重要なヒントとなるかもしれない。
筆者はあくびが超光速で伝わる現象を「あくび・もつれ」yawn entanglement と名づけた。この現象が観察できるほど仲のよいペアは他人どうしではありえないだろう。おそらく双子(10)によって実現されるにちがいない。
本論文は、双子のあいだであくびが超光速で伝わるかどうかを検証した世界ではじめての研究を報告するものである。

方法〜双生児実験

実験協力者

「双生児実験ボランティアデータベース」本部へ連絡し、協力者をつのった。一卵性22組、二卵性23組の計45組が本研究に協力してくれた。

基本のあくび実験方法

あくび超光速通信実験の方法

図1「あくび・もつれ」実験方法。Aが送信者、Bが受信者。


双生児のふたりをそれぞれ別室に入れる。窓のない、完全に防音した部屋である。片方(A)の部屋にはモニタがあり、眠気をもよおす退屈な動画を流す。双方の部屋で協力者を録画し、ふたりがあくびを発した時間を正確に決定した。録画はハイスピードカメラ、撮影速度は1万fpsとした。協力者たちにみせる動画は著者の講義録画を使用した。なお講義動画をみているほう(A)を「送信者」、双子のもうひとり(B)を「受信者」と呼ぶ。

予備実験

図1に示した方法で、まったく同時にあくびが発生するペアを選抜する。許容される誤差は1万分の1秒(=1コマぶん)以内とした。

本実験

日本の対蹠地

図2 東京の対蹠地(赤い丸)からもっとも近い都市、ポルト・アレグレ。名前はポルトガル語で「陽気な港」という意味。金沢市の姉妹都市でもある。


予備実験で選抜されたペアのうち片方を、地球上でもっとも遠い場所へ連れていく。東京の対蹠地(南緯35度、西経40度)は海上となるので、もっとも近い都市であるブラジルのポルト・アレグレ Porto Alegre(図2)を選定した。時差ぼけが影響しないよう、到着後すぐ東京と同じ仕様の窓のない防音室へ隔離し、日本時間で生活させた。食事も日本と同じものを用意した(余談であるが、実験協力者からは「ぜんぜん旅行した気分になれない」と不満が出た)。協力者たちの旅の疲れが取れてから、図1の方法で実験を行った。

結果〜光速を超える

予備実験結果

選抜された双生児ペアは18組、すべて一卵性である。性別は男性ペアが8組、女性ペアが10組。年齢分布は12歳から79歳、中央値は44.6歳であった。

本実験結果

東京とポルト・アレグレの直線距離は地球の直径と同じ約1万2700キロである。あくびが光速で伝わるなら、受信者のあくびにはおよそ0.0425秒(=425コマ)の遅れがみられるはずである。しかし0.0425秒どころか、すべてのペアで予備実験同様に誤差1万分の1秒以内におさまった。図3に典型的なペアの写真を示す。

あくび通信は光速を超える

図3 東京(A)と地球の反対側、ポルト・アレグレ(B)であくび時間にほとんど遅れはなかった。

議論〜超光速通信の明るい未来

筆者らは一卵性双生児のうちひとりを東京であくびさせ、対蹠地ポルト・アレグレに置いたもうひとりにあくびが伝染する時間を測定した。その結果、あくびは地球の反対側へほぼ瞬時に到達することが判明した。「あくび・もつれ」現象はたいへん仲のよい一卵性双生児のあいだではたしかに発生することを実験的に示せた。「あくび・もつれ」は、人類の夢である超光速通信の実現へのひじょうに重要な手がかりになると筆者は信ずる。
生身の人間をつかった超光速通信の重要な先行研究として、筆者が注目するのは呪詛通信(11)である。呪いが相手へ瞬時に影響することを利用したたいへんすぐれたアイデアだが、呪詛通信のたびに呪詛受信者が死亡するという欠点がある。つまり呪い殺されてしまうのである。
いっぽう「あくび・もつれ」現象を利用した通信のばあいひとが死ぬことはない。通信できるのはとくに仲のよい一卵性双生児に限られるが、一卵性双生児の出生確率は0.4%であり、世界人口をざっくり80億人とすると3200万人が一卵性である。この中から「あくび・もつれ」通信を実現するに足る仲のよさを誇るペアは選びほうだいであろう。人的資源はたいへんに豊富であり、「あくび・もつれ」通信の未来は明るいといえる。
なお今回の実験を通じて、自分の講義のどこが眠気をもよおすほどつまらないのかを確認できたのは著者にとって大きな収穫であったことを付記しておく。

謝辞

  • 本研究の資金はクラウドファンディング「超光速通信実験のために地球の反対側へ行きたい!」によった。なおクラウドファンディングには続編「超光速通信実験のためにISSに搭乗したい!」が存在するのでどうかよろしくお願いいたします。
  • 地図は © OpenStreetMap contributors を使用させていただきました。

文献

1 Einstein E. Zur Elektrodynamik bewegter Körper. Annalen der Physik 1905 June; 322 (10): 891–921.
2 Asimov I. Foundation. Gnome Press, 1951.
3 10年以内の「火星への有人飛行実現」は本当に可能なのか
4 Feinberg G. Possibility of Faster-Than-Light Particles. Physical Review 1967, 159 (5): 1089–1105.
5 アル=カリーリ “テレポーテーションとタイムトラベル” サイエンス・ネクスト アル=カリーリ編 河出書房新社 2018年
6 Bennett, CH et al. Teleporting an unknown quantum state via dual classical and Einstein-Podolsky-Rosen channels. Phys. Rev. Lett. 1993 Mar; 70 (13): 1895–1899.
7 江端智一 量子もつれ ~アインシュタインも「不気味」と言い放った怪現象
8 Norscia I, Palagi E. Yawn Contagion and Empathy in Homo sapiens. PLoS ONE 2011; 6(12): e28472.
9 ユーリー小松崎、松崎有理 ”「あくびはうつる」を応用する――あくび伝染反応時間による初対面好感度の類推”  架空論文投稿計画 光文社 2017年
10 クリストファー・プリースト 双生児 早川書房 2015年
11 田中啓文 ”銀河を駆ける呪詛” 銀河帝国の弘法も筆の誤り 早川書房 2001年

 

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この論文はフィクションです。実験データはすべて架空です。

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