作成日:2017/10/18 最終更新日:2022/10/08 かいたひと:松崎有理
2017年10月に刊行された拙著『架空論文投稿計画 あらゆる意味ででっちあげられた数章』、その表紙について。
「へんてこでかわいい生き物にしましょう」
というコンセプトで、担当編集者が探してきた写真が、ダンボオクトパスというタコのこども(幼生)でした。
正直にいうと松崎はこの生物をぜんぜん知りませんでした。というわけで今回、かなり本気出してどんな生き物なのか調べあげました。以下、どうぞ。
【2022年加筆】
ついにがっちりタコが主役の作品を書きました。
それにともない、本記事の内容もアップデートしています。
【最新作】
短篇。発売中の小説宝石4月号「出会う物語」特集掲載。
もしタコがしゃべったらどうなるか、を追うモキュメンタリー。主役はタコですが、イカと宇宙探査と進化生物学の話も出てきます。
光文社サイトで購入できます。送料込1000円。https://t.co/6ztK5kzCLG@yoshidamasaaki@bungeitosyo pic.twitter.com/Gbn1oMfSLw— 松崎有理(作家)公式 (@yurimatsuzaki_n) March 24, 2022
【もくじ】
メンダコに似ている? ——あたりまえだった
ダンボオクトパスとその所属グループの特徴
ダンボオクトパスのくらし
まとめの図解
タコにかんする参考リンク集
タコにかんする参考図書
メンダコに似ている? ——あたりまえだった
編集者の提示した写真をみて、松崎がまず思ったのは:
「深海のアイドル・メンダコさんによく似ている」
ということ。
「ひょっとして、メンダコさんとダンボオクトパスくんは類縁関係がものすごく近いのでは」
と考えたのが調査のとっかかり。なにせ松崎、ある生物が分類上どのへんに位置しているか知るまでは理解した気になれないもので。
ところで今回のターゲットの分類は、ざっくりいえばタコ。上のリンクでは「真核生物ドメイン”オピストコンタ上界”動物界 Opisthokonta」>「軟体動物門 Mollusca」>「頭足綱 Cephalopoda」>「八腕形目 Octopoda」がタコ(*)です。
*「ドメインとか門とか綱とか謎用語、なによ」と、もっともな疑問を抱いたかたへ。これらは生物分類用の専門用語です。
そもそも、生物の分類とは本来「特徴の似ているものどうしをどんどんグルーピングしていく」もので、包含関係があり、それぞれの階層に名前がついています。いちばんちいさな単位が種 species、その上が属 genus、その上が科 family、その上が目 order です。このくらいわかっていれば今回の記事ではじゅうぶん。
それでもいまいちぴんとこないひとは、Wikiにヒト Homo sapiens をふくむ霊長目の図解が載ってるのでそちらをながめると腑に落ちるかもです。
イカやオウムガイ、絶滅種ではアンモナイトも頭足綱のなかまです。だいぶまえにほかのサイトで頭足綱ぜんたいについての図解入り説明記事を書いたんだけどいまみても古びていないので、もしご興味があればごらんください。
上のリンクではタコ目以下のこまかい分類について取りあげていなかったため、不覚にも松崎はタコ目の詳細を知らないままでした。よって、今回調べてわかったことはいろいろ衝撃でしたよ。
まずはオーバービュー:
- タコ目は、マダコ亜目 Incirrina とヒゲダコ亜目 Cirrina (*)に大きく二分される。このふたつはぜんぜんちがう
- ダンボオクトパスもメンダコも、ヒゲダコ亜目 Opisthoteuthidae 科に入る。同じ科(**)なので似ていて当然
* 亜目 suborder とは、目と科の中間の階層です。ややこしいけどがまんしてね。
** 同科であるとは、たとえていえばいとこ同士くらいに近い間柄。似てるわけです。
このヒゲダコ亜目というやつが、われわれがよく知っているマダコやミズダコ、イイダコなどのマダコ亜目メンバーとはまったくちがうおもしろい連中だったので、つぎの章でさらにくわしくご紹介。
ダンボオクトパスとその所属グループの特徴
さて、ヒゲダコ亜目。前の章に書いたとおり、生物分類とは基本「似たものをくくる」作業なので、ヒゲダコ亜目に属するタコたちには以下のような共通点があります:
- 耳みたいな羽 fin が一対ある
- 腕に毛 cirri が生えている
1は一目瞭然。ダンボオクトパスくんはとくに大きいので名前の由来にもなってるし、メンダコさんにもちゃんとありますね。じつはあれ、かざりではなく推進に利用しています。体内にはU字状ないしV字状の殻があって、そこにしっかりくっついて支えられているとのこと。
2は、びっくりですね。ヒゲダコ亜目のタコたちはマダコ亜目とちがって吸盤が腕に一列ずつしかありません(マダコは二列ですよ。鮮魚売り場でよくみてね)。
かつ、ヒゲダコ亜目のタコは腕の両側に繊毛の列があります。ひとつの吸盤に二本の毛、ってことです。この毛の機能はまだよくわかってないんだけど、たぶん食物を捕るとき利用してるんだろうとのこと。
おわかりでしょうが、この毛 cirri が学名(ラテン語名)Cirrina の由来になってます。マダコ亜目 Incirrina は「毛がない」って意味。学名って意味をさぐるとなかなかおもしろいですよ。たとえばメンダコの学名は Opisthoteuthis depressa です。「おしつぶされてるー」って感じが伝わってくるではないですか。この名前つけたひとはセンスありますね。
ほかの特徴としては:
- からだは上下方向に短い
- からだがゼラチン状
- 墨袋がない
- 腕のあいだの膜状のぶぶん web はよく発達して、しばしば腕の先まで及ぶ
もうなんというか、マダコとはずいぶんちがった生き物なんだとしみじみわかりますね。
なおメンダコさんとダンボくん、よく似ているけどちがいをあげると:
- Grimpoteuthis 属(=ダンボくんたち)は Opisthoteuthis 属(=メンダコさんたち)より上下方向に圧縮されておらず、かつ羽 fin が大きい
- メンダコさんはからだがたいらなので海底に座っているか、そのすぐ上を泳ぐ。そのとき腕と web をつかう。いっぽうダンボくんはおもに強力な fin をつかう
からだのかたちのちがいが行動にも出ているようです。
- すむ深さ。メンダコさんは水深1000メートルくらいだけど、ダンボくんはもっとずっと深い
これについては次章でさらにつっこみます。
ダンボオクトパスのくらし
では、ダンボオクトパスくんの生態についてもうすこしくわしく。
- お住まい 全世界に分布。400〜4000メートルの深海ぐらし、7000メートルあたりに住むものもいて、タコのなかでは最深。あまりに深いところにいるので、いまのところ人間の影響で絶滅する心配なし。よかったね
- 大きさ 20〜30㎝がふつう。最大は1.8メートルという記録あり
- 動きと食性 耳みたいな羽 fin で推進可能。腕は海底を這ったりえものをとらえたりにつかう。海底を泳いで、ゴカイやら甲殻類やらにとびかかって丸呑みする。捕食者ですねえ、ここはマダコなんかといっしょ
ダンボオクトパスくんについての情報がすくないのは深海に住んでいるせいなのです。今後の研究が待たれます。
まとめの図解
以上の調査結果を一枚のインフォグラフィックにしてみました。「ダンボオクトパスくんについてひとめでわかる!」みたいな仕上がりになっていればさいわいです。
それでは今後とも、ダンボオクトパスくんと拙著『架空論文投稿計画』をよろしくおねがいいたします。
『架空論文投稿計画』がどんな本なのか気になったかたは、ぜひ特設ページをごらんください。
タコにかんする参考リンク集
- Tree of Life Octopoda 今回の記事を書くにあたってかなり参考にさせていただきました。画像も資料も豊富でたのもしいサイトです。
- 生物分類表 慶應大学先端生命科学研究所特任講師、仲田崇志さんのサイトより。同サイト内の地質年代表もすごくくわしくて頼りになります。
- 頭足類とは? 何年か前に松崎が外部サイトで書いた記事。内容は古びていませんが、デザインがなんとも古いなあ。
- 3D-CT深海生物 東京大学大気海洋研究所のサイト。松崎もちょっとだけかかわったプロジェクトです。深海生物をCTで撮影、その3D画像を全方向から動画でみることができます。データをダウンロードしてごじぶんの手で操作することも可能(要・無料専用ソフトインストール)。
- 世界初、深海に棲むダンボオクトパスの誕生シーン ディスカバリーチャンネルの記事。ダンボオクトパスの赤ちゃんの貴重な動画を紹介。生まれたばかりなのに成体とおなじ姿をしています。
タコにかんする参考図書
頭足類とは?にもいろいろ書いたけど、あたらしい本はこちらへ載せますね。
- 『タコの心身問題』ゴドフリー=スミス
タコの心にせまる本。原書出版は2016年。
「頭足類には心があるようにみえる。進化はまったくちがう経路で心を二度、つくった。頭足類との出会いは宇宙人との出会いにもっとも近い経験だ」(大意)
著者は哲学者だが、オーストラリアの海へ潜ってタコの街「オクトポリス」を観察し論文を書く。その成果をあますことなく本書へ注ぎこんでくれた。カラーおよび白黒写真多数、索引、ていねいな註のある良書。 - 『日本のタコ学』奥谷喬司編
日本軟体動物学の重鎮・奥谷先生が編者。出版は2013年。
東海大学出版会の専門書だけど、「難しい学術ではなく、寝転がって読みながらでも知的満足が満たされることを願った」(大意)という編集方針。おかげでたいそう読みやすい。
国内のタコ研究者がそれぞれの知見をぞんぶんに開陳。研究現場の熱が伝わってくる。とくに、沖縄のタコをたくさん記載した小野(金子)奈都美さんの章は必読。 - 『世界一わかりやすいイカとタコの図鑑』ハンロンほか
「世界一わかりやすい」はちょっと盛りすぎかな。でも写真がとても美しい。
原書出版は2018年なので比較的あたらしい知見が盛りこまれている。たとえば、「有触毛(ヒゲダコ)亜目はとても大きな卵を数百~数千個産み、珊瑚や海底の物などにひとつずつ付着させる。卵の大きさと水温の関係から孵化までに2~3年かかる。このゆっくりした生活環のため、個体数の補充に時間がかかる」(大意)など。
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【新刊】『架空論文投稿計画』表紙は、ふしぎかわいい深海生物・ダンボオクトパス。メンダコさんのいとこ筋にあたります。われわれが(寿司種として)よく知るマダコとはずいぶんちがいます。くわしい記事はこちら。https://t.co/m9wREWtOR3 pic.twitter.com/4D1fZDI4zH
— 松崎有理(作家)公式 (@yurimatsuzaki_n) 2017年10月24日
【ネタ】先日書いたダンボオクトパスについての解説記事で「マダコの吸盤は2列」という話をしました。でもマダコの吸盤をしみじみみたことないひともいるでしょう。ちょうどよい標本の写真がありましたのであげておきます。採集地情報と体重も明記。https://t.co/m9wREWtOR3 pic.twitter.com/pJOIKKwv2T
— 松崎有理(作家)公式 (@yurimatsuzaki_n) 2017年11月6日