11月はなぜ「なんにもない」月なのか――留学生酒飲み伝承歌における11月不遇の謎を解く【文化人類学・架空レポート】

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たいやき

作成日:2014/10/28 最終更新日:2019/10/12 かいたひと:松崎有理

登場人物のご紹介

●レポート執筆者/ヌガーくん 二十三歳。モポンチョキット村に代々つづく神官の長男。父の跡を継ぐ前に留学して外国の祭祀研究をすることに。日本文化を愛し日本語にも堪能。ソルボンヌにいけという父の反対を押し切って日本留学を決行、蛸足大学大学院に入学をはたす。おかげで実家からは半勘当状態。しかし仕送りはくるらしい。甘すぎるヌガー父。(なおヌガー nougat という名前は父が留学中むちゅうになった菓子からとった)

●評者/ユーリー小松崎 三十三歳。蛸足大学大学院人類学研究室助教。ヌガーくんの指導教官。ロシア人クォーターだが生まれも育ちも日本なのでロシア語はほぼ話せない。四コマ専門まんが家とクラシック音楽評論家の顔ももつ。論文、著書多数。代表作は「島弧西部古都市において特異的にみられる奇習 “繰り返し『ぶぶ漬けいかがどす』ゲーム” は戦略的行動か?」

レポート「11月はなぜ “なんにもない” 月なのか――留学生酒飲み伝承歌における11月不遇の謎を解く」

はじめに

 本稿は蛸足大学大学院博士前期課程一年次「文化人類学実習Ⅰ」のための第四回レポートである。
 本学の留学生のあいだで代々伝承されるつぎのような歌がある。

  日本の一月は 初詣きぶんで酒が飲めるぞ(#)とうとうたらり たらりら たらりあがり ららりとう
  日本の二月は チョコまつりきぶんで酒が飲めるぞ(#繰り返し)
  日本の三月は 年度末きぶんで酒が飲めるぞ(#繰り返し)
  日本の四月は 新歓きぶんで酒が飲めるぞ(#繰り返し)
  日本の五月は 大型連休きぶんで酒が飲めるぞ(#繰り返し)
  日本の六月は 梅雨だから酒が飲めるぞ(#繰り返し)
  日本の七月は 七夕きぶんで酒が飲めるぞ(#繰り返し)
  日本の八月は 帰省渋滞きぶんで酒が飲めるぞ(#繰り返し)
  日本の九月は お月見きぶんで酒が飲めるぞ(#繰り返し)
  日本の十月は 台風がくるから酒が飲めるぞ(#繰り返し)
  日本の十一月は なんにもないけど酒が飲めるぞ(#繰り返し)
  日本の十二月は 忘年会きぶんで酒が飲めるぞ(#繰り返し)

 タイトルは「ニッポンおまつりきぶんで酒が飲める音頭」という。筆者は留学生会館での新歓コンパで教わった。そのさい、日本のまつりや風習をおぼえるための歌であると先輩たちから説明された。
 しかしこの歌を知って以来、ひとつの疑問がどうしても頭を離れない。
 なぜ、11月は「なんにもない」のひとことで切り捨てられているのか。日本における11月とはそこまで恵まれない、いわば地味 jimi な月なのだろうか。
 こころみに、筆者の友人である日本人学生を対象に「11月はほかの月にくらべて地味だと思いますか」というアンケート調査を実施した。図1に示したとおり、調査対象の三分の二が「地味だと思う」と回答した(*1)。

図1

図1,アンケートの結果。やはり「地味である」との結論が出た


 留学生にも、当の日本人にも「地味」だと感じさせる11月。本稿ではその理由をさぐってみたい。

調査方法

 11月が地味だとみなされてしまう原因は、まつりの数の少なさによるのではないだろうか。これを作業仮説として調査をはじめることにした。
 月別のまつり件数を調べるにあたって、国内のまつり情報を網羅したと主張する複数のウェブサイトで各月におけるまつり数をカウントし、その平均を出した(*2)。

調査記録

 調査結果を図2に示す。夏まつりが集中する八月、秋まつり本番である10月など「派手な」月にはかなわないが、それでも11月のまつり件数はけっして少なくはないことがはっきりした。

図2

図2,けっして11月は地味ではない

考察

 まつりの数からみれば、11月は地味ではない。にもかかわらず地味な印象を与える理由はどこにあるのだろう。
 考えられる理由のひとつめは、先入観である。11月は旧暦の神無月 kannna-duki にあたる。この月は全国のほとんどの神が島根県に出かけてしまうという伝承があるため、これを知る留学生や、もちろん日本人たちも、「神無月はまつりが少ないはず」と信じこむのではないだろうか。
 なお神無月のあいだ、島根県以外の神社や土地を守るのが恵比寿 yebisu (図3)に代表される留守神(*3)である。またしても筆者の友人の日本人を対象に調査したところ、「恵比寿神は酒、とくにビールと深いつながりがある」という印象を持っていることが判明した。

たいやき

図3,恵比寿神。商店街にて150円で購入 


 よって筆者は提案したい。ほんとうはけっして地味ではない11月は、けなげに留守番をしている恵比寿神をたたえるためにつぎのような歌詞に差し替えてはどうだろう。

  日本の十一月は 恵比寿さまといっしょに酒がのめるぞ(#繰り返し)

 ところで繰り返し部分の「とうとうたらり たらりら たらりあがり ららりとう」という謎の文句も興味深いのであるが、これに関する調査は本稿の範囲を逸脱するのでまたの機会としたい。
 もうひとつの理由は作詞者の感性に帰されるであろう。伝承によれば、作詞者は数十年前に在籍していた留学生とされる。歌詞からこの学生をプロファイリングしてみると、

  • 日本のまつりや風習をおぼえるためといいながら、その内容や項目は不正確。日本にたいし文化人類学的な興味があったとは思えない
  • まつりを口実にして一年じゅう酒を飲みたいだけのようにみえる

 などの特徴が浮かんでくる。
 作詞者は酒好きでふまじめな学生であったのだろう。そんないいかげんさの犠牲となった11月に心からの哀悼の意を表明して、本稿の結びとしたい。

*1 蛸足大学人類学研究室の大学院博士前期課程在籍諸氏に感謝します。
*2 参照したウェブサイトは以下の通り。「にっぽん・まつりカレンダー」「全国のおまつり月別ガイド」「まつり十二か月」そのほか二十一箇所。
*3 松崎有理『るすがみっ!』(2012年、κライト文庫。現在絶版)

指導教官より

  • 今回はいわば「非・まつり」がテーマですね。存在しないことの証明は悪魔の証明 probatio diabolica と呼ばれています。難しいことに挑戦した点は評価します。
  • 「ニッポンおまつりきぶんで酒が飲める音頭」の歌詞は、なるほどいいかげんですね。梅雨や台風はもちろん、年度末や帰省渋滞だってまつりじゃないし。でも、こういう日本に特徴的な現象をまつりのように感じるのは留学生らしい視点かもしれません。
  • 図1は、アンケートというか、たんに口頭できいただけでしょ。質問票調査の正式な方法について学んでください。また、学術的には円グラフは推奨されません。人間の目は面積の微妙な差を検出できないからです。それと、パーセンテージの数字からして調査対象者は三人だけのように思えるのですが違いますか。
  • 一転して、図2のための調査はひじょうに徹底していますね。ヌガーくんがこれほど勤勉だとは意外でした。ネットサーフィンが好きなだけかもしれませんが。
  • しかし。図2のグラフは縦軸の数値が落ちています。ケアレスミスなのでしょうけれど致命的です。
  • 図3ですが、ええ、それは恵比寿神といいますか鯛です。より正確にいうと鯛焼きというお菓子です。
  • フィクション作品を参考文献とするのはやめましょう。しれっと嘘が書かれています。
  • 恵比寿講」というおまつりが11月にはじっさいにあるのですよ。でもたしかに、節分チョコレート祭りほどメジャーではありません。
  • 恵比寿神とビールとのつながりというよりは、ビールのなかでも特定の銘柄とのつながりかと思われます。
  • じつは。この歌のことをぼくの祖父イワン・イワノビッチ・イワノフにきいてみたところ、なんと彼が作詞者であったことが判明しました。日本の伝統芸能を研究するために蛸足大学文学部に留学したのだそうです。ヌガーくんがふしぎがっていた「ららりとう」の部分は『翁』という能の一節で、祖父も奇妙に思ってその謎を解き明かそうとしたのですが小松崎家のお嬢さん、すなわち祖母と結婚して婿入りしたのでそのままになってしまったのだとか。
  • かんじんの「11月はなんにもない」の理由もききました。「深い意味はないよ。日本にきてさいしょの年の11月は、肝臓こわして入院してたから」だそうです。
  • ヌガーくんのプロファイリングはひじょうによくあたっていたのでした。

●評価=C(着眼点はおもしろいのですが、手法に問題があります)

補遺

神無月(10月) 元来は神を祭る月 -留守神に恵比寿神なども-
神無月と留守神たる恵比寿神について。

恵比寿様とは|大黒様と祀る意味や由来・何の神様かご利益,神社等紹介
恵比寿神について概説してくれています。概説といったら失礼なほど網羅的。

鯰絵 鹿島神宮の要石
鯰絵にも恵比寿神が登場しています。

 

この記事は、『ジャーロ』(光文社)vol. 52、2014 秋冬 に掲載された「月の裏側 日本のまつり——日本人の知らない日本についての文化人類学的報告」に加筆したものです。

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【文化人類学・架空レポート】
第一回はこちら。
節分と柊鰯
第二回はこちら。
日本における “冬の大チョコレート祭り” の起源をさぐる
第三回はこちら。
春の蕎麦まつり

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松崎有理のほかの著作については、作品一覧ページをごらんください。

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