作成日:2014/02/14 最終更新日:2020/02/02 かいたひと:松崎有理
登場人物のご紹介
●レポート執筆者/ヌガーくん 二十三歳。モポンチョキット村に代々つづく神官の長男。父の跡を継ぐ前に留学して外国の祭祀研究をすることに。日本文化を愛し日本語にも堪能。ソルボンヌにいけという父の反対を押し切って日本留学を決行、蛸足大学大学院に入学をはたす。おかげで実家からは半勘当状態。どうするヌガーくん。(なおヌガー nougat という名前は父が留学中むちゅうになった菓子からとった)
●評者/ユーリー小松崎 三十三歳。蛸足大学大学院人類学研究室助教。ヌガーくんの指導教官。ロシア人クォーターだが生まれも育ちも日本なのでロシア語はほぼ話せない。四コマ専門まんが家とクラシック音楽評論家の顔ももつ。論文、著書多数。代表作は『だって嘘なんだもん』(白兎社)。
レポート「節分と柊鰯」
はじめに
本稿は蛸足大学人類学研究科博士課程前期一年次「文化人類学実習Ⅰ」のための第一回レポートである。
筆者は神職の跡継ぎであるので、魔除けというものに深い関心を抱いている。日本においては古来より、安全安心な内側の世界たる家のなかと魔物のすむ外部世界との境界となる門や玄関に魔除けをつける風習がある。御札、ちまき、しめ縄、身代わり猿などが例としてあげられる。そのうち、期間限定かつ有名なものが節分時期の柊鰯 hiiragi-iwashi 、別名やいかがし yaikagashi である。柊は悪の象徴である鬼 oni の眼を刺し、鰯の臭気は鬼を遠ざけるのだという(*1)。しかし近代化にともないこの魔除けもすたれてきたようだ(*2)。そこで今回は、筆者のすまう地域をサンプルとしてこの習慣がどのていど残っているか検証した。
調査方法
調査地域は図1に示した。筆者の下宿付近であり、古くからの住宅地である。外から一軒一軒目視で観察し、柊鰯が確認された家では写真を撮りその場所を記録した。
調査日は節分当日である二月三日。目視での観察なので午前中から夕方までのあかるい時間帯に調査を行った。
調査記録
図2のような典型的やいかがしを戸口に飾る家は、一戸建39戸のうち1(2・5パーセント)、集合住宅43戸のうち4(9・3パーセント)であった。
考察
今回の結果と比較できるような先行研究があれば、節分における柊鰯の風習がどのていど衰退しているのか数値で示すことができたのだが、ざんねんなことにみつけられなかった。
しかし、今回の結果のなかで比較することは可能である。一戸建と集合住宅では、集合住宅のほうが柊鰯を飾る割合が高かった。これは筆者にとっては意外であった。一戸建にくらべ集合住宅は建物のみためも新しく、雰囲気も若々しく、古い習慣など知らない世代のひとたちが住んでいると思われたからである。集合住宅居住者たちがこの習慣を守る理由はよくわからなかった。筆者が調査した時間帯、在宅している大人はおらずインタビューが不可能だったためである。
また、柊鰯という名に反して、どの飾りにも鰯がみられないことも意外だった。鰯じたいが高価でめずらしいものになりつつあるせいかもしれない(*3)し、鰯の臭いを住民も嫌うのかもしれない。風習とは時代によって変化していくものである。いま筆者らは、柊鰯から鰯がなくなっていくところを目撃しているらしい。たんに近所の猫が食べてしまったという仮説も捨てがたいが。
しかし柊があれば、鬼(図3。かならず赤鬼。理由は不明)を追い払うことが可能である。いや柊がなくともなんとかなる、ということが調査範囲内施設での節分風習聞きとり調査により判明した(*4)。
鬼を払う儀式はつぎのように進むという。
鬼は煙突から侵入してくるので、家人たちは室内で待ちうけ、あらわれた鬼とつぎのような問答を行う。
家人 ふしぎなるものみえて候。なにものぞ、名乗り候らへ、名乗り候らへ。
赤鬼 それがしに候か。(*5)
家人 はやく、名乗り候らへ。名乗り候らへ。
赤鬼 みるもきくも、そら恐ろし。それ、赤き息ほつとつけば、七日七夜の病となる。よって節分毎にまかりいで、ひとの命をねらい候。鬼は内、と声がした(*6)。よつて、まかりいで候。
家人 いわぬ、いわぬ。(*7)
赤鬼 はらぺこだ、はらぺこだ。
家人 悪しき鬼、おのが住処にあらず。もとの山へ帰り候らへ。
(ここで家人は鬼にフライドチキンを与える)(*8)
家人 それ、追い出せ。鬼は外、鬼は外。
(一同、炒り豆を投げる)(*9)
赤鬼 ゆるさせたまへ、ゆるさせたまへ。
(鬼は子供たちへの贈り物を靴下のなかにつっこんだのち逃げ出す)(*10)
こうして鬼は追われ、異界へ帰っていくのである。節分の翌日が立春、つまり春のはじまりであることからもわかるように、この行事は病のはやる寒い冬を追い出し春をむかえる象徴である。
こう考えると、鬼の色がつねに赤であるのは流行病を象徴する色が赤であるのと関係するのかもしれない。
註
*1 柊鰯の最古の記述は、調べたかぎりでは御伽草子「貴船の本地」(室町時代)である。それ以前は鰯ではなく鯔が用いられていた。
*2 筆者下宿の大家さんによる私信。「さいきんはねえ、このあたりでも柊鰯つける家へってきたのよねえ」
*3 魚住佐波『絶滅から救え! レッドデータ図鑑魚類編538 いわし』(白兎社、2013年)197ページ。
*4 五某天神社、および聖なまず上人教会各氏のご協力に感謝いたします。
*5 赤鬼はボケているとしか思えない。おまえ以外にだれがいる。
*6 悪しき者はその家の住人に呼ばれなければ入ることができない、という伝承は多い。有名な例は童話「七匹の子やぎ」の狼。なお、この台詞もみごとなボケ。
*7 赤鬼のボケに家人がつっこむ。
*8 なぜフライドチキンなのかは不明。鶏であればなんでもよいらしいが、なぜ鶏なのかも不明。
*9 ここで使用する豆はかならず炒っておかねばならない。まいた豆から芽が出るとおそろしいことが起こるという伝承があるためだ。どんなおそろしいことかは不明。わからないからなおこわい。
*10 なぜ靴下なのかは不明。ここでの鬼は、子供を守る神と混同あるいは同一視されているようだ。
指導教官より
・地図が細かすぎます。これでは調査地域の特定ができません。それと、あきらかに縮尺がおかしいですね。道幅とか。
・大家さんからの情報は私信 personal communication として「註」に入れるのではなく、「はじめに」の文中で直接言及したほうがレポートの形式として適切です。
・註3の文献の巻数だけで、絶滅寸前の魚類がいかに多いかわかりました。本題からは脱線しますがよい問題提起になりそうです。
・註3の文献の著者はめっぽう魚、とくに鰯がお好きなようですね。
・聞きとり調査のさいにはかならず野帳を持参してメモをとりましょう。あとで記憶だけをたよりに書くと情報が錯綜します。
・ヌガーくんがさいきん日本のお笑いに興味を持っているのは知っています。しかし鬼問答記録に漫才解析は不要でしょう。
・ざんねんですが、ヌガーくんが調査したのは正しい柊鰯ではありません。しまい忘れたクリスマスリースです。柊ではなくセイヨウヒイラギですね。若いひとが住む集合住宅に多いのもうなずけます。
・と、いうことは。調査地域においては柊鰯は絶滅していますね。さびしいことです。
・と、いうわけで。近所の猫に罪はありません。
・ヌガーくんのいう「赤鬼」も、鬼ではなくサンタクロースです。
・しかしクリスマスも節分も、「異界からの来訪神」をむかえる行事としての共通点があります。ぐうぜんとはいえ、ここにたどりついたのはすごいことです。今回の調査で不明な点も多々あることですし、このテーマはぜひ今後も追求してみてください。
●評価=D(まだまだ改善の余地があります)
資料編
松崎おすすめの伝統的節分祭見学ポイント
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氷川神社「節分祭」
世田谷区喜多見。
交通 小田急線「成城学園前駅」下車。そのあとは、遠いし道がわかりにくいのでタクシーが無難。890円でした(2014年当時)。
「鬼問答」行事がおもしろい。午前10時〜11時半くらいまでのあいだに演じられます。
鬼のすてきな衣装もみどころ。「鬼問答」に登場するスルメはちぎって参拝客に振る舞われます。
参拝客は境内にはいるとき豆の小袋をわたされ、いっしょに撒きます。よって終了後は地面が豆だらけになっています。
終了後にお接待としてみかん、甘酒などが振る舞われます。地元の寄付のようです。梅の枝をもらって帰るひともいて風情があります。 -
五條天神社「うけらの神事」
上野公園内。15:00~16時ごろまで。
こちらの鬼は二本角に虎皮パンツと、ステロタイプなかっこうです。
年男たちは裃姿で腰に二尺はあろうかという木のしゃもじを差しています。しゃもじには「鬼は外」「福は内」と焼き印が押されています。召し捕る=飯とる、の掛詞だそうです。
豆まきでは小チャックつきビニール袋にはいった豆、菓子、カラーボール、手ぬぐい、札が撒かれます。
ここでは「福は内」とは唱えません。豆まき行事は本来「鬼やらい」と呼ばれた儀式で、疫病を追い払うのが目的。よって「鬼は外」だけを連呼するほうが本来の目的に添っている、とのことでした。
節分を知るための良質なウェブサイト
節分を知るための良質な書籍
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『怪異の民俗学4 鬼』小松和彦編
分厚くてたいへんだなあ、と思ったら小松先生の「蓑着て笠着て来る者は……」だけでも、ぜひ。 -
『怪異の民俗学8 境界』小松和彦編
この「怪異の民俗学」シリーズはどれもものすごくおもしろいのでほんとうにおすすめ。第八巻の出色は「境界の呪具――帚」と「厠考」だと思う。
この記事は、『ジャーロ』(光文社)vol. 50、2014 SPRING に掲載された「月の裏側 日本のまつり——日本人の知らない日本についての文化人類学的報告」に加筆したものです。
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【文化人類学・架空レポート】
第二回はこちら。
日本における “冬の大チョコレート祭り” の起源をさぐる
第三回はこちら。
春の蕎麦まつり
嘘の論文に興味を持っていただけましたか。
以下の記事は嘘っぱち全開の「架空論文」シリーズ、本稿の理系版です。