作成日:2011/3/5 最終更新日:2017/11/07 かいたひと:松崎有理
*本稿は取材先の認可を経て執筆、掲載しています。
ごあんない:
小谷 元子 Mitoko Kotani 先生 略歴:
1983年 東京大学理学部数学科卒業
1990年 理学博士
1999年 東北大学大学院理学研究科 数学専攻 助教授
2004年 東北大学大学院理学研究科 数学専攻 教授
2005年 「離散幾何解析学による結晶格子の研究」により第25回猿橋賞を受賞
海外研究暦:
1993年9月-1994年 8月 マックスプランク研究所(ドイツ)
2001年 4月-11月 高等科学研究所(IHES)(フランス)
2006年2月-3月 ニュートン研究所(イギリス)
東北大学サイエンス・エンジェル(以下SA)取材からはじまった「理系女子応援企画」も、すでになんと6回め。
このたび、SA産みの親のひとりである小谷元子先生に、お話をうかがう機会を得ることができた。
理系の女性がより活躍するためにはどうすればよいのか、
そして松崎が拙作「ぼくの手のなかでしずかに」(『あがり』収録)で呈した疑問、
「なぜ、数学科には女性がすくないか?」に、答えはあるのか。
以下、インタビュー内容をおとどけする。
「なぜなんでしょうね。じつは、よくわからないんです」
数学分野の女性率の低さについて原因をうかがってみると、こんな答えがかえってきた。
「数学能力には、男女差はないはずなんです。
国際的な試験でも実証されていますし、実験系とちがって体力が必要な分野でもありませんし。
アジアやヨーロッパ地域に比べても、日本はさらに低いんです。
さらに不思議なことに、理論物理分野ではもっと低いらしい。
みんな、理由はわかりません」
――それでは、女性数学者がふえてほしいと期待して、SAを創立されたのでしょうか。
「そうですね。やはり母数が多くないと、という気持ちはありました。
しかしそれよりも、女性研究者ぜんたいのライフバランスが向上してほしい、というのが主な動機です。
女性が出産するのって、研究者として本格的にスタートを切る時期と重なりますから、両立させるのはむずかしい。
でもやっぱり、研究による業績と、生物的遺伝子と、両方残せるのが自然だと思うんです。
だから後進のひとたちには、そうあってほしい。研究者だから、忙しいからとあきらめないでほしい」
――松崎もさきの取材で実感しましたが、SAはとてもよい組織ですね。
「はい、メンバーは学生ですが、ほんとうによくやっていると思います。
自分たちで企画し、自分たちで動きます。当初の期待をはるかに超えて、活躍してくれていますよ」
――数学的発想法について、おうかがいします。どんなときにアイデアが出てきますか。
「散歩中です」
――風景など、視覚情報がじゃまになったりしませんか。
「まわりはみないんです。ただ歩行の刺激がほしいだけ。
毎日徒歩で通勤していますが、同じルートなので気を取られることも少ないですし。
そうそう、ほかの数学者のかたも、散歩がすきなひとは多いですよ。
エクスカーション(=学会などで企画される小旅行)でも、
みんな景色なんてみてませんから」
――どんな時間帯に、数学の仕事をされますか。
「夕食後から夜中にかけてです。
日中は大学の仕事がありますので、それが終わってからが、集中できる時間です」
――お酒、カフェインなどの刺激物は?
「以前はコーヒー派でしたけど、いまはもっぱら紅茶です。
茶葉にこだわりはありませんが、つねにホットで、砂糖とミルクはなし。仕事中はたくさんのみます。
お酒のなかでもワインがすきですが、楽しむためで仕事中には飲酒しません。たばこは、吸ったことがないですね」
――ご家族やご親戚に、数学者のかたはいますか。
「いません。でも、いる、というひとは多いですね。
数学って抽象的な学問ですから、若いときに刺激を受けておくことはひじょうにだいじです。
それが家族やまわりのひとからだったり、書物だったり、かたちはなんでもかまわないんですが」
――読書は、よくされるんですか。
「はい、ちいさいころからだいすきでした。
分野は、幅広くよみます。時間があいたら書店に行っている、という感じです。
数学をする感性をみがくためにも、読書は重要です。
絵とか音楽とか、方法はひとによっていろいろですが、わたしのばあいは本からです」
――数学の感性、とは?
「数学研究の目的って、たとえば工学のように社会の要請によってきまるものではありません。
なにをおもしろいと思うか、きれいかどうか、強引ではなく自然さがあるか、などが指針となります。
だから、これらがわかる感性がないと、研究をすすめていくことができないんです」
――ご専門の分野で、一般向けに書かれた本のおすすめをおしえてください。
「『ガロアの夢 群論と微分方程式』(久賀道郎著、日本評論社) *) です。名著ですよ」
――数学のいいところって、なんでしょう。
「好きなことを、自由にやっていいところです」
――小谷先生にとっての数学、とは?
「出会えてよかったもの。ものごとの本質をあつかうわけですから。やっていて幸せです」
――最近とくに興味をひかれることは?
「近年、大規模なデータが解析されるのがふつうになってきていますが、
ここから、ある種の構造が見いだせるのでは、と考えているところです。
わたしの専門は幾何学ですから、幾何学的ななにか、が抽出できないかなと」
――最後に、ちょっと個人的興味からの質問を。
暗算や計算は、お得意ですか?
「いいえ、むしろ苦手です。
計算をやってしまうと、それは数学にならないんですよ。
いかに計算をはぶいて楽をするか、と考えるひとが、数学者になるんです」
研究に対し、つねに真摯な姿勢であたるひと。
そして、ほんとうに数学を愛している。
そんな印象を、松崎は受けた。
「コンピュータ? つかいません。論文を仕上げるときだけ、かな。
数学の仕事は、紙と筆記具ですよ」
(2011年3月4日 東北大学理学部 数学棟 502室にて)
*) ガロアって、だれ? と思ったかたには:
数学者ふるさと探訪:エヴァリスト・ガロア Evariste Galois, 1811-1832 (外部サイト)を、どうぞ。
数学や数学者にご興味を持っていただけましたか。
松崎の短編集『5まで数える』表題作は、数学と数学者がとても重要な役割をはたしています。
冒頭部分の試し読みができます。また、読売新聞のサイトで朝井リョウさんによる書評が読めます。
理系女子応援企画は、こちらでもやってます:
東北大学サイエンス・エンジェル――理系女子応援企画・その1
『学校教育におけるジェンダー・バイアスに関する研究』からわかったこと――理系女子応援企画・その2
名古屋大学理系女子コミュニティ あかりんご隊――理系女子応援企画・その3
大先輩・郷 通子先生にインタビュー――理系女子応援企画・その4
理転の宇宙工学者・岸本直子先生――理系女子応援企画・その5