作成日:2018/06/04 最終更新日:2019/02/05 かいたひと:松崎有理
Bunkamuraル・シネマにて『いつだってやめられる 10人の怒れる教授たち』鑑賞。メンバー全員が失業した研究者で犯罪歴ありというぶっとんだ設定。10人って多すぎと思ったけど、キャラが立っているのでまったく混乱しない。前日譚作品は6/23よりヒューマントラストシネマ有楽町で上映。 pic.twitter.com/fBZOEcD25t
— 松崎有理(作家)公式 (@yurimatsuzaki_n) 2018年6月3日
この映画は三部作です:
- 一作目 『いつだってやめられる 7人の危ない教授たち』2018/6/30〜 ヒューマントラストシネマ有楽町にて公開
- 二作目 『いつだってやめられる 10人の怒れる教授たち』2018/5/26〜7/1 Bunkamura ル・シネマにて公開
- 三作目 『いつだってやめられる 闘う名誉教授たち』2018/11/16〜 Bunkamura ル・シネマにて公開
#公開情報は東京地区のみ記しています。他地域でのスケジュールはリンク先をごらんください。
#映画館での上映をみのがした方へ。iTunesで三作とも購入・レンタルができます。かくいう松崎も第三作『闘う名誉教授たち』はここで視聴しました。レンタルでも48時間以内ならなんどでも見られるのでおすすめです。
【もくじ】
1,『いつだってやめられる』三部作とは、どんな映画か
2,メンバー紹介=全員が研究者
3,ネタバレしないていどに、全作品のあらすじ
4,みどころ(注意:若干のネタバレあり)
5,まとめ(みなさんへ、おすすめのことばなど)
6,ほかのひとによるレビュー
7,補遺・在野研究者にかんする資料
1,『いつだってやめられる』三部作とは、どんな映画か
ひとことでいうと、『オーシャンズ11』のイタリアンコメディバージョンです。特色は、メンバーたち全員が失業した、ないし失業寸前の研究者ってところ。研究者のポスト問題についてはこれまで拙作「代書屋」シリーズや『架空論文投稿計画』なんかでいろいろ描いてきたので、松崎としてはこの映画、どうしても注目しちゃうわけですよ。
2,メンバー紹介=全員が研究者
- 神経生物学者ピエトロ 主人公。物語のスタート時点で37歳、転職活動するには微妙なお年ごろ。学生に月謝を請求できない、同棲中の恋人ジュリアにもほんとのことをいえない、そんな性格
- 化学者アルベルト なんでも分析できるすごいひとなのだが、失職後は中華料理店で皿洗いのアルバイト。実験にかんしては完璧主義で、データのためには自己実験すら辞さない。その姿勢があだとなって麻薬中毒に。そのほかにも意外な特技があって、その体重過多な容姿にもかかわらずいちばんチームに貢献する
- マクロ経済学者バルトロメオ もちろん数学に強い、しかしギャンブルのせいで多額の借金をつくったりロマの女性と結婚するはめになったりといろいろ問題が多い。たぶんチームいちのコミックリリーフ。彼なしでこの映画は成り立たない
- 考古学者アルトゥーロ 文系フィールドワーカーその1。だからいつも服装が調査着っぽい。ローマの過去や遺物にすごくくわしい。かろうじて大学に籍があるが極貧。考古学科のワゴン車を移動手段として調達するあたりが地味にリアル
- 文化人類学者アンドレア 文系フィールドワーカーその2。すごい論文を書いたすごい研究者だけど無職。人類学者らしく装いや話術でどこへでも溶けこみ、だれとでもうちとける、はずなのだが
- 記号学者マッティアと碑銘学者ジョルジョ 古典研究者コンビ。ときどきラテン語で会話している天然学者系。第一部ではいっしょにガソリンスタンドでバイト、第二部ではホテルでバイト。いろんな意味でみていてはらはらするふたり組
- 解剖学者ジュリオ 第二部より登場。アクション担当。人体の構造を知りつくしているのが強み。もちろん解剖もできますよ
- 工学者ルーチョ 第二部より登場。独創的な装備や武器をつくってくれるべんりなひと。たぶんアルベルトに次いでチーム貢献率高し。むだにイケメン
- 教会法学者ヴィットリオ 第一部では名前のみ、第二部より本格的に登場。現役弁護士としてチームを法的にバックアップ、でも専門は教会法。なお彼だけ犯罪歴がない
3,ネタバレしないていどに、全作品のあらすじ
第一部『7人の危ない教授たち』
神経生物学者のピエトロは大学で任期つき研究員をしている。才能はありあまるほどあるのに、予算削減のあおりをくらって大学でのポストを失ってしまう。だがその事実を同棲中の恋人ジュリアに告げることができない。ところが月謝滞納の超ふまじめ学生のおかげで合法ドラッグを製造して販売するアイデアを思いつき、おなじように不遇をかこっている研究者たちに声をかける。
「おれたちから研究をとったらなにも残らない。自分たちの手で、研究する場所を取り戻すんだ」(大意)
7人のメンバーはめいめいの専門知識を活かして高品質の合法麻薬をつくり、たくみな手段で販売。商売は大成功にみえたが、勘のよい恋人ジュリアはなにか怪しいと思っている。また彼らの商売は犯罪組織のボス、ムレーナに目をつけられてしまう。どうする7人の失業研究者たち。
第二部『10人の怒れる教授たち』
前作で全員の罪をかぶって刑務所に入ったリーダーのピエトロ。妊娠したジュリアには面会のたびいいわけばかり。あるとき彼は女性警部パオラと取引し、彼と仲間たちの罪を帳消しにするかわり合法ドラッグ30種を摘発することになった。ピエトロは仲間たちを再結集し、さらに「海外流出した頭脳」であるところのジュリオとルーチョも新規メンバーとして、30種のドラッグをつぎつぎ摘発。だがもっとも流通量の多い「ソポックス」というドラッグが摘発から漏れていた。かれらはこれも追うことになる。そうこうするうちジュリアの出産が迫る。はたして彼はソポックスをみつけてぶじ出所し、赤ちゃんの顔をみることができるのか。
第三部『闘う名誉教授たち』
10人全員が、ソポックスをつくった容疑で逮捕さればらばらに各地の刑務所へ収監されてしまった。ピエトロはソポックスという名前が神経ガスの化学式であることを見抜き、テロの危険性を訴えるが周囲はまったく信じてくれない。そんなおり彼は、犯罪組織の大物ムレーナはじつはもと研究者で、大学付属研究施設の事故で大けがを負っていたことを知る。ムレーナのもと同僚研究者、ヴァルテルはその事故で恋人を亡くしていた。事故は大学による予算カットが原因のようだ。ピエトロは推測する、ヴァルテルは大学に復讐するため神経ガスでテロを起こすにちがいない。その場所はきっと、大学のお歴々があつまる名誉学位授与式だ。ところがその式にはジュリアも参加するのだった。
ピエトロはソポックス作成容疑をみとめることで、審理のために仲間たちを同じ刑務所に集めることに成功。審理開始までのタイムリミットは72時間。そのあいだに脱獄し、おなじ失業研究者によるテロを防ぐことはできるのか。そしてジュリアは彼のもとに戻ってきてくれるのか。
4,みどころ(注意:若干のネタバレあり)
- とにかく研究者たちが個性的。当初7人、のち10人に増えてチームものとしては多いほうなんだけどまず混乱しません。とくに松崎が惹かれるのは化学者アルベルト。中華料理店で出世してウェイターになるんだとかいいつつも、ひとたび実験室に入るとすぐさまプロ研究者の顔に。そのプロ魂のおかげで破滅していくさまが皮肉でおかし悲しいのです。
- ストーリー展開は王道です。ブレイク・スナイダーさんが著書『10のストーリー・タイプから学ぶ脚本術』で分類するところの「強盗羊毛」タイプ(つまり『オーシャンズ11』ね)。お手本みたいなプロットなのでシナリオ執筆に興味のあるひとは鑑賞後に自分でプロットを起こしてみるとよいと思います。
- メインキャラクタが研究者ということで地味な内容かと予想してましたが、ハリウッドばりのアクションシーンも楽しめます。しかもちゃんとこの作品らしくアレンジされているのが好印象。アクションなんだけどコメディで、ばっちり笑えます。ちいさめの劇場でみるとみんなでいっしょに笑えて一体感も味わえてお得です。二時間ちかい尺だけどあっというまでした。
- ひとつだけ難を挙げれば、ガスクロ(HPLCかも)がチープすぎ。あまりに安っぽいのでわたあめ製造機かと思ったくらい。それと、精密機械をトラックの荷台にむきだしで積んじゃうのも無茶すぎ。あれをガスクロと観客に気づかせないことが叙述トリックみたいな役割をはたしているのではと解釈しましたよ。
5,まとめ(みなさんへ、おすすめのことばなど)
- 研究者のみなさんへ。「失業研究者の映画なんて暗い気分になりそうだからみたくない」というのは即断にすぎます。だいじょうぶ、あれほど恐ろしいことはけっしてあなたには起こりません。鑑賞後はきっと「自分はまだ幸せだ」と胸をなで下ろすことになるでしょう。
- 研究者以外のみなさんへ。本作は学者ものですが、小難しいところはとくにありません。娯楽映画として気楽にたのしむことができます。
6,ほかのひとによるレビュー
イタリア悲喜劇映画『いつだってやめられる』がやめられない!|シドニー・シビリア監督インタビュー
レビューというか監督へのインタビュー。執筆者さんも現役研究者なので思い入れが詰まっている良記事です。
7,補遺・在野研究者にかんする資料
-
『もっとヘンな論文』サンキュータツオ
大ヒット作『ヘンな論文』の続編。今回の隠れテーマは在野の研究とのこと。前作におとらずネタの宝庫でひじょうな良書であるだけでなく、読了後はなんだかはげまされる。それと岡田丈さんによるイラストがすばらしい。松崎的ツボは「追いかけてくるもの」でした。 -
在野研究のススメ
荒木優太さんによるウェブ連載記事。
在野研究者をこれだけ網羅しているのもめずらしい。
これを書籍化したのが『これからのエリック・ホッファーのために――在野研究者の生と心得』。まとめて読みたいかたはこちらでどうぞ。 -
『嘘つき就職相談員とヘンクツ理系女子』
手前味噌で恐縮ですが拙作。
主人公はひじょうにマイナーな分野で博士号をとったばっかりに就職先がない、という設定。でも麻薬はつくりません。
『いつだってやめられる』シリーズをごらんになった方。ぜひ下のツイートに、「いいね」やリプライでの感想をどうぞ:
イタリア映画『いつだってやめられる』の第三部『闘う名誉教授たち』をやっと視聴できたので記事を更新しました。
コメディなのに考えさせられるラスト。
ぜひ第一作から通して観て。「研究とは、研究者とは。今後どうなる」という真摯なメッセージが伝わってきます。https://t.co/uPBHFW2GQE pic.twitter.com/ryKMRiR2X3— 松崎有理(作家)公式 (@yurimatsuzaki_n) 2019年2月4日