作成日:2017/06/08 最終更新日:2020/02/26 かいたひと:松崎有理
#このページは筑摩書房『5まで数える』特設サイトと連動しています。
世に出た結果の影には、その何倍ものボツ作品がある。
もちろん、埋もれさせるには少々もったいないものも存在する。
というわけで、ボツネタ救済企画。
今回のテーマは「初の特設サイトでいっぱいボツになった」です。
このページはとても長いので、ざっくりとしたもくじを:
1,勇んであとがきを書いたら長すぎてボツ
2,あとがきとして「Yes/Noチャート」をつくったらボツ
3,プロモーション企画を考えたら実施困難すぎてボツ
4,おまけ・アンザックビスケット=「砂漠」に登場するあのお菓子のモデル
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1,勇んであとがきを書いたら長すぎてボツ
校了もちかづくある日のこと。
「筑摩書房のホームページに『5まで数える』特設サイトをつくります」と、担当編集者から知らされた。「つきましては。ウェブ掲載用のあとがき兼解説をおねがいしますね」
なにせ松崎は自著の特設サイトなどはじめてである。舞いあがった。思いきり舞いあがって、力あまってものすごく長いあとがきを書いてしまった。
「ウェブに載せるとはいえあまりに長すぎ。それに著者の執筆ログみたいでつまんない。なによりこれ、ネタバレ全開です」(大意)
というまことにもっともな理由でボツをくらったバージョンをここに公開する。ほんと、長いですよ。かつネタバレを含んでいますので、気にされる方は本書読了後にお読みくださいませ:
『5まで数える』執筆をふりかえって――著者によるあとがき兼作品解説(ネタバレあり)
はじまり、はじまり
それは2015年2月のことでした。
筑摩書房さんからのはじめてのお声がけです。担当編集者は拙著『あがり』を読みましたと前置きしたうえでこんな提案を投げかけてきました。
(1)短編集をつくりたい。連作短編ではなく、舞台や時代がばらばらのいろんな短編を集めたものをイメージしている
(2)各短編の共通テイストとしてホラー。しかも瀬名秀明さんみたいなリアル理系ホラーを
まずは(2)について。正直、「なんと難しいことをおっしゃる」と思いました。瀬名さんチックとはいきなりハードルが高いですし、しかも筆者はホラーというジャンルをいちども書いたことがないのです。それどころかホラーを鑑賞することも苦手で、有名ホラー映画すらほとんどみたことがありませんでした。
ところが(1)については大かんげいでございました。読者としてはアンソロジー的短編集はだいすきです。ふつう、この種の「ばらばら系」短編集は海外作品を翻訳で紹介する過程で選別したためとか、作家があちこちの雑誌に書いたものをとりまとめた結果として生まれるケースがほとんどです。それをさいしょから意図的につくろうという考え方がたいそうおもしろいと思いました。
しかもこの形式なら、これまでずっとあたためていたけれど「今回つくる単行本のテーマとずれてるよね」という理由でダメだしされたアイデア群をごぞって投入することができそうです。
さいわい、お話しするうち担当編集者(以下、T氏とします)とは趣味趣向がかなり一致していることがわかってきました。たとえば自己実験を扱ったノンフィクション『自分の体で実験したい』はふたりとも読んでおりましたし、かねがね筆者が注目していた疑似科学テーマについては、なんとT氏は山本弘さんの『ニセ科学を10倍楽しむ本』ちくま文庫版を担当していたのです。そのほか、数学ずきであることも共通していました。この企画いけそうだぞ、といい予感を抱きながら帰宅したのはいうまでもありません。
本書の概要
というわけで、T氏のはからいによりこの短編集ではじつにすきかってやらせていただきました。とくに、舞台と時代をほぼ自由にきめることができたのはほんとうにはじめての経験で、そのありがたさをひしひし噛みしめながら書いておりましたよほんとうに。これまでのオファーは「現代日本で」の一点張りだったものですから。いや、愚痴はこのへんにしておいて。
ひきつづきの打ち合わせの結果、さいしょの二本はPR誌「ちくま」へ連載し、残り3~4本を書き下ろしして一冊の単行本とすることが決定しました。書き下ろしでは執筆ペースを保てないかもしれないと不安でしたが、いざやってみたらT氏のきめた締切までにきちんきちんと書き終えることができました。これも舞台設定の自由さ、編集者との興味の一致がもたらした効果であると思っています。とにかく、幸福な仕事でございました。
執筆の順番は収録順です。「たとえわれ命死ぬとも」を2016年1月に書きあげ、以下もくじにあるとおりに書き継いで、「5まで数える」の脱稿が2016年12月末でした。さいごの「超耐水性日焼け止め開発の顛末」だけが変則的で、2014年夏に星新一賞協賛であるIHIの特設サイト「IHI空想ラボラトリー」のために執筆したものです。その後紆余曲折あっておよそ一年後の2015年9月24日にようやく公開されたものの、のちサイトは閉鎖。もったいないなあと思っていたところ「よくみればこれ、ホラーだよね」ということで今回の単行本に収録してもらえました。
各短編にはエピグラフをつけました。名言ずきなのでエピグラフというのもいちどやってみたかった手法なのですけれどもこれまで実現できませんでした。今回はホラー短編集ですから、できるかぎり「恐怖」にまつわる名言を集めたつもりです。
では、以下で各短編に触れてまいります。もくじ順です。
「たとえわれ命死ぬとも」
「ちくま」連載一本目の内容はすんなりきまりました。前節で述べましたとおり、自己実験は筆者とT氏にとって共通の興味の対象であり、かつ筆者が長年あたためていたネタその1でした。本作のエピグラフにあるように、ナチスによる人体実験への反省から生まれた「ニュルンベルク綱領」(1947年)では唯一許容される人体実験として実験を計画する医師自身が被験者となるケースを挙げています。ここがアイデアの発端で、すぐさま「実験医」=自己実験をする医師という架空の職業を思いつきました。
なお本作の世界観は、時間軸は現代と同じなのですがテクノロジーがだいぶ遅れています。そのため何十年も前の論文を読みあさって当時の実験手法について調べることになりました。国立国会図書館のデジタルコレクションにはほんとうにお世話になりました。
なお本作のタイトルは、種痘の普及に尽力した江戸時代の医師、笠原良策の歌からとりました。痘苗(種痘のもと)を手に入れるため遠く長崎まで旅する前に、辞世の歌としてよんだものです。
たとえわれ命死ぬとも死なましきひとは死なさぬ道開きせん
主要キャラクタの名前にはちょっとふしぎなひびきを感じるかと思います。「大良(たいら)」は黄熱ワクチン開発者 Max Theiler から、「塁(るい)」は泣く子も黙る微生物研究の大立者 Louis Pasteur からとれぞれとりました。ほんとはチームリーダーや栗色の髪の女医にも名前をつけたかったのですけれど、ワクチン研究者の姓名で日本語になじみのよいものがほかになかったのです。
「やつはアル・クシガイだ」「バスターズ・ライジング」
「ちくま」連載二本目の内容も比較的かんたんにきまりました。疑似科学テーマもまた、われわれの共通の興味でありかつ筆者の長年あたためていたネタその2です。
しかしホラーでなくてはならないので、なるべくホラーっぽい話になるよう要素を決定しました。「ゾンビアポカリプスマニア」という人種の存在を知ったとき、趣味とはいえなんとむだなことを、と驚愕したおぼえがありました。ここがアイデアの発端です。筆者はホラー苦手でゾンビ映画を一本もみたことがなかったのですけれど、この作品のためにとにかくいっぱいみて、ゾンビ関連本を読みまくりました。ふしぎなことに知れば知るほど愛着がわいてきて、いまではゾンビだいすきです。
主人公チームに奇術師が必須、という発想はアメージング・ランディの影響です。とはいえ奇術にかんする知識もまったくなかったのでこちらもがんばって取材しました。奇術のステージ鑑賞はもちろん、有名マジシャンの動画をたくさんみて、アマチュアマジシャンむけ解説書もたくさんあたりました。とはいえ自分でマジックをやろうとは思いませんでした。粗忽者なのであきらかにむいていないし、だいいち手がちいさすぎてカードをパームできないのです。
バスターズはT氏がいたく気に入ってくれて、連載終了後に書き下ろし枠の第一作としてもう一本書くことになりました。こんどは雑誌連載の長さ制限がありませんからじゅうぶん紙数をつかって、主要キャラクタの過去を掘りさげる前日譚としました。ここで登場する詐欺のかずかずはかなり古い疑似科学詐欺のテクニックを筆者がアレンジしたものです。なお「テクニカル地震予知分析」だけはかんぜんなオリジナルでございます。使用は自由ですがどうかフィクションのなかだけにとどめてくださいませ。
なお上述のとおり、本作執筆時はまだアメリカ大統領はオバマさんでした。単行本が出るころには新しい大統領がきまっておりまして、「これ、なんか予言したみたいですねえ」とT氏がつぶやいておりましたっけ。
「砂漠」
きびしい自然のなかでのサバイバルものも、長年あたためていたネタでした。
極地・海・砂漠の三種類が舞台候補として考えられます。そのなかで、いちばんつらい死に方はどれだろうと考えたら砂漠におちつきました。渇きは飢餓よりはるかに耐えがたいものです。
アフリカの砂漠にかんする話はたくさんあるので、変化球で南半球を舞台としてみました。読者のみなさんは方角などで混乱をおぼえるかもしれませんがどうかご容赦ください。
本作のアイデアは映画『ザ・グレイ 凍える太陽』(2012年)がきっかけです。あの作品で遭難するのはふつうの労働者たちですが、あれがもし凶悪犯罪者だったらもっとおもしろいだろうな、と考えたのです。少年たちのサバイバルつながりでゴールディング『蠅の王』テイストもとりいれています。七人のキャラクタを考え出すのはほとんど迷いのない、しかも楽しい作業でした。本書のなかでいちばんすきなキャラクタを挙げよといわれたらまちがいなく「火つけ。ひひひひひひ」と答えるでしょう。なお次点がシンノスケじいちゃん、三位はまた本作登場の天才無免許鍵師です。終始死体ですが。
なお本作の執筆開始時の仮タイトルは「死んだやつから自由になれる」でした。
「5まで数える」
単行本のさいごにどんな作品を配置するかはT氏がとくにこだわった点です。「ここまで陰惨な話がつづいたので、ラストは読者がほっとするものを」(大意)という意見でした。拙著『あがり』のさいごに収録されている「へむ」を気に入っているのであんなテイストがいい、とのこと。また、数学ものをぜひやってほしいとも。
数学もので長年あたためていたネタとしてはつぎのふたつの方向がありました。
(1)「数える」とはなにか
群論などかなり高度な数学を題材とした長編(未発表です)にとりくんでいたとき、「数える」という一見シンプルな行為はじつは奥が深いのではないかと考えるようになりました。先天的ないし後天的に数えることができないひとたちが存在することを知って、その思いはますます深まりました。
(2)数学者ポール・エルデシュ
伝記『放浪の天才数学者エルデシュ』を翻訳が出版された当時に読みました。だから2000年ごろですね。そのころからずっと、かばんひとつで世界をわたりあるく数学者のイメージは頭のなかにありました。作家となってからは、いつか彼をモデルにした作品を書きたいと思いつづけてきました。
以上のふたつと「へむテイスト」「しかもホラー」を足し合わせると、「数学者の幽霊と失算症の少年の交流」という骨格ができあがりました。主人公の少年は、読者に感情移入してもらうため日本人にしたかったのですが、そうするとハンガリー生まれであるエルデシュの幽霊とのコミュニケーションに困ります。いろいろ考えたすえ、たとえば香港やマカオのような文化複合地域であれば自然に外国語をつかうようになるのでは、と思いつきました。当初は『わたしたちが孤児だったころ』みたいなかっこいい作品にしようと意気ごんでいたのですけれど、けっきょく残ったのは主人公の名前だけとなってしまいました。なおマカオについてはほとんどなにも知らず、ただバスターズの取材中に鑑賞した映画『グランド・イリュージョン 見破られたトリック』に登場しておりばくぜんと「おもしろいところだなあ」と感じていました。そこでためしに調査をはじめたら、なんと「聖ポール天主堂跡」という観光名所があるではないですか。「この作品、勝った」と思ったのはこのときでした。そういえば筆者はマカオにも、オーストラリアにもアメリカにもいったことがないのです。なのに作品を仕上げてしまうとはわれながら蛮勇だと思います。
本作を書くにあたってさまざまな資料を参照しました。とくに遠山啓先生の著作群にはほんとうに目を開かれる思いがいたしました。この場を借りてお礼を申しあげます。
「超耐水性日焼け止め開発の顛末」
さて、この作品だけが2014年に書いたものです。上で述べましたとおりウェブサイトに発表されたもので、テーマに沿ったSF作家たちのショートショート競作、というスタイルをとっていました。この種の仕事は緊張します。ほかの作家さんとの差別化をはからねばなりません。ふだん筆者は過度の没入を避けるため主人公を同性とすることを戒めているのですが、ここではあえて解禁いたしました。SF作家の世界とは「ザ・男の世界」であり、女性を主人公として化粧品ネタで書いてくるひとはぜったいにいないだろうと踏んだのです。結果、読みどおりでございました。 (了)
2,あとがきとして「Yes/Noチャート」をつくったらボツ
長くてつまんないあとがきを書いてしまったことにたいし、松崎はプロの物書きとしておおいいに反省した。そして誓った、こんどこそはぜったいに読むひとがたのしいものをつくろう、と。
そこで。「収録作品のどれが自分にぴったりなのか、読者がたのしく判定できるようなYes/Noチャートをつくりたいんですけど」
「だめです。もっとふつうにやってください」(大意)
と、即ボツをくらった。冷静に考えればとうぜんである。
しかし捨てがたい案だったので、ほんとうにYes/Noチャートをつくってしまった。以下、画像で公開しますので遊んでみてください。診断結果には「一行立ち読み」もついていてべんりですよ。
#Yes/Noチャートといいながら、若干のすごろく成分も含んでいます。
#一行立ち読みはまるで「書き出し小説大賞」応募作みたいにみえます。とくにB。
なお、以上の経過ののち最終的に採用されたバージョンのあとがきは筑摩書房特設ページでごらんになれます。これもまたイロモノとの指摘あり。とうぜんか。
その記事をほんとにおくすり説明書っぽく組んでPDFにしたものがダウンロードできます。印刷・配布は自由です。
3,プロモーション企画を考えたら実施困難すぎてボツ
それでもなお絶賛舞いあがり中の松崎、たびかさなるボツにもめげずプロモーション企画を考えて担当編集者に打診してみた。「こんなのつくりましたが、どうですか」
「粗品の準備とか、なにより実施後の長期フォローがはんぱなくたいへんです」(大意)
という、これまたもっともな理由でめでたくボツ。
とはいえ、まわし読みはほんとうに推奨です。本書を読み終えたらぜひぜひ、ご家族友人同僚に貸すなりあげるなりしてください。そしてご感想を筑摩書房まで送っていただけると筆者はとてもたすかります。
4,おまけ・アンザックビスケット=「砂漠」に登場するあのお菓子のモデル
”開かれた密室”サスペンスである短篇「砂漠」には、「ザクザックビスケット」という名前のお菓子が登場して重要な役割を果たします。
そのモデルとなったアンザックビスケットを、このたびいただいたので写真を公開。
正統派レシピをごらんになると、おおよその味の想像がつくと思います。
材料:押し麦(オーツ麦)、小麦粉、砂糖、ココナツフレーク、バター、ゴールデンシロップ、熱湯、重曹
作中ではなんだかすごくまずいかのように描いてしまったけど、松崎は執筆当時まだ食べたことがなかったのです。ごめんなさい。ざくざくした歯ごたえが楽しめる、たいへんおいしいクッキーです。ココナツが好きな人はきっと大好きになるでしょう。脂っこさもなく、甘みはあちらのお菓子らしく強めですが松崎はお菓子ってがつんと甘いほうがいいと思っているのでたいそう気に入りました。