第3回創元SF短編賞受賞者インタビュー・理山貞二編






第3回創元SF短編賞受賞者インタビュー

第3回創元SF短編賞正賞受賞者、理山貞二さんより送られてきた画像。
「阪大SF研究会の先輩から受賞祝いにもらった絵です。しかし、ネタばれだなこれは」
どこがどうネタバレなのか松崎にはまったくわからず。
担当氏の補足によると「『宇宙の戦士』の機動歩兵だよ。なんでわかんないかなあ」
すみませんモデルとかビジュアルよわいのです。
「これってさいきんつくり直された加藤直之さんデザインのほうですよね理山さん」
「そうですよくおわかりで」
と、さらにディープな世界が展開。いやはや。




松崎の出身賞である創元SF短編賞もぶじ、第3回が終了。
さる2012年7月14日(土)19時より、ベルサール飯田橋駅前において
贈呈式、および年刊日本SF傑作選『拡張幻想』刊行記念トークイベントが行われた。
もちろん松崎は前回にひきつづき、今回も取材モード全開で参加するつもりだった、のだけれど。
受賞者インタビューももちろんするつもりだった、のだけれど。


贈呈式数日前。
松崎は大腸内視鏡検査をうけた。
「まんいちポリープみつかってもね。その場ではとりませんから。負担おおきいし。
入院して、あらためて、ね」
という担当医の事前説明だったので、じゃあ贈呈式イベント参加にはなんの支障もないだろう、とあんしんして検査にのぞんだのだが。

あまかった。

「あ。あったポリープ。
とるよー
「ええっそんな約束がちが」(麻酔きいてるため以下不明瞭)

その後、一週間安静命令。イベントなどもってのほか。

しかし。
自宅でうつうつと静養中の松崎のもとへ、こんなメールがまいこんだ:

「はじめまして、理山貞二です。第3回創元SF短編賞を受賞いたしました。
今回、贈呈式イベントに出席されないとの由、伺いました。
松崎さんのインタビューを非常に楽しみにしていたのですが残念です。
つきましては想定インタビューを作成してみましたのでご利用ください」

なんと。第2回創元SF短編賞受賞者インタビューでつかった質問項目に沿って、回答がていねいに書いてあるではないか。

そこで松崎おもいついた:

「これ。優秀賞のオキシタケヒコさんや担当氏も引きこんで、アニマ・ソラリス形式のメールインタビューにしたら、おもしろいんじゃないの」

というわけでさっそく、オキシさんと担当氏にメール連絡。松崎は自宅で寝たまま、完全メールインタビューが実現した。
以下、公開いたします。

ではまず、第3回創元SF短編賞正賞受賞者・理山貞二(りやま ていじ)さん編から。

第3回創元SF短編賞受賞者インタビュー

第3回創元SF短編賞正賞受賞者、理山貞二さん近影。
……って、ごじぶんで撮ってますね。


――まずはご自身のことを。

理山「1964年大阪生まれ。大阪大学卒。創作活動は大学のSF研究会で行っていましたが、
卒業後メーカー就職、以後20年以上社会人になりすまし、ずっとSFを読んできました」

――“なりすまし”っていいですね。いきなりSF的です。あ。すみませんつづきをどうぞ。

理山「創元SF短編賞は第二回からの応募で、そのときは一次選考すら通過しませんでした。今回このような賞をいただき、たいへん驚いています。
日下さんのおっしゃるとおり、『裡なる物語』を発表していきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします」

――小説を書こうと思ったきっかけは。

理山「通勤電車の中で『虚構機関』を読みながら、また書きたいなと、ぼんやり考えたのは覚えています。それが、2010年の暮れに、どうしても書きたいと思うようになりました。理由は判らないのですが……。
就職してすぐ地方に赴任して、初仕事でいろいろ大変だった時期にハヤカワSFコンテストが終了しています。
以来SFの短編コンテストというのはなかったかと思います。で、東京創元社さんがコンテストを始められたのを見て、めらめら闘争心が湧いた。この辺が真相かと」

――“また”ってことは大学のサークル以来、って意味ですよね。それでは学生時代、いやもっと前なのかな、そもそも書きはじめようと思ったきっかけはなんでしょうか。

理山「ものを書くのは昔から好きだったようです。最初は小学3年生のとき、中岡俊哉著、秋田書店の『世界のウルトラ怪事件』をノートに書き写して私家版を創ろうとしていました。
創作は小学生5年生のときから始めました。自主学習ノート、というのを毎日提出するのですが、そのときショートショートを書いたのを担任の先生が見てくれました。内容はほとんど星新一の真似なんですけど、結構よろこんでくれまして。きっかけはたぶんその辺だと思います。
中学のときは、創作はお休みしてSFを大量に読んでいました。高校に入ってからまたSFの創作を再開、A4のレポート用紙に書いて友達に見せていました。
大学でSF研究会があったので、そこでも同じことを続けて……という感じですね」

――尊敬する作家は。

理山「SF作家を抜きにすれば吉村昭さん。膨大な調査で書かれる。自分には絶対書けない」

――座右の書は。

理山「坂根厳夫『遊びの博物誌』。
これ中学高校のとき毎日開いて楽しんでいました。今は実家の押入れですけど」

――小説をかくときに気をつけていることってなんですか。

理山「読者が読みたい部分がどこなのか、考えながら書くことかな」

――あなたにとって小説を書くってなんでしょう。

理山「まだわかりません。お答えするためには、もっと書かないと。
大学時代は何も考えずに書いていました。まずはその感覚から思い出そうとリハビリしている感じです」

――筆暦は。

理山「過去で7年、最近で2年、合わせて9年、ですね」

――投稿暦は。

理山「2年です。投稿は創元SF短編賞のみです」

――今回、創元SF短編賞に応募されましたが、長編と短編ではどちらがとくいですか。

理山「実は長編型だと薄々勘づいています。しかしまだ時間の都合で難しい」

――この賞をえらんだ理由は。

理山「やっぱり選考者に大森さんが居たことです。ずっと山本弘さんか大森さんか、どちらかに面白いと言ってもらえる日がくるといいな、と考えていました」

――この賞を知った媒体は。

理山「『量子回廊』の巻末の案内です」

――応募に際しどのような準備をしましたか。具体的になにをしましたか。

理山「量子力学の本にはかなりの冊数あたって、基本的なアイデアに穴がないかは確認しました。
でも、この時点ではそんなにたいしたことはしていないです。
むしろ大変だったのは受賞後の書き直しの段階です。話があれですから原典や地図を全部確認しなおしました。特に昔のSFは絶版が多くて探すのも大変

――ああそうたいへんなんですよねえ書き直し。
あれで、プロ作家としてのさいしょの洗礼をうけるわけなのですよ。
と、語り出すと長くなるのでつづきを。
受賞作を書きあげるにはどのくらいかかりましたか。

理山「半年です。プロットに3ヶ月、執筆に3ヵ月」

――受賞までに書いた枚数を通算すると、どれくらいですか。

理山「過去に書いたのを合わせると1000枚くらいだと思います。ちなみに24年以前は手書きでした」

――手書きかあ。したことないのできいてみたい。
手書きからワープロ書き(ですよね。まさかワーカムではあるまい)になって、創作する上での変化はありましたか。

理山「A4のレポート用紙にみっちり書いて、7〜12枚くらいの短編にしていました。しかし横書きで1行の文字数が不定なので、この段階で枚数が把握できないです。ワープロにしてから枚数と配分の把握が楽になりました。逆に、大きな修正をしたあと比較するのがつらくなりました」

――受賞の連絡がきたときなにをしていましたか

理山「パソコンでゲームをして遊んでいました。念のために、いわゆるネトゲではなくブラウザゲームというやつです」

――つっこもうと思ってたところ、先回りで回答していただきありがとうございます。
では。受賞のしらせをきいて、最初にいった言葉は。

理山「うろたえまくっていました。『あ、あ、あ、はい私です』とかそんな感じ。
これ授賞式のとき、HALCON会場にいた方から伺ったのですが(*)、何か他人事みたいに聞こえたそうです。
大変失礼いたしました。でもそのあとで、事の重大さに気がついてあっちこっちうろうろ歩き回って、最寄り駅の喫茶店でコーヒー飲んであたま冷やしたりしてたんですよ。大体あとになって、感動したり後悔したり取り乱したりするタイプです」

第3回創元SF短編賞受賞者インタビュー

(*註:今回はHALCON2012での公開選考。終わったその場で受賞者へ電話し、携帯にマイクを当てて会場に声を流した。
写真は会場となった横浜市開港記念会館。国指定重要文化財)

――今後の野望をおきかせください。

理山「とにかく読書量、文章技術とも圧倒的に足りないことは思い知ったので、それをなんとか鍛錬しながら中短編を発表していきたい。高校時代から密かに暖めている長編まで出せたらよいな、と考えています」

――これから創元SF短編賞をめざすかたがたにメッセージを。

理山「 『焦らないこと』オリジナリティって、自分以外には絶対に書けないということですから。ほかの仕事をして、たくさん経験を積んで、身の回りに余裕ができてから書いてもいい。(今回の授賞式で日下三蔵賞の舟里映さんのお話を聞いて、それがよくわかりました。)村上龍さんの『13歳のハローワーク』に「作家にはいつでも、どんな職業からでもなれる」といった記述があり、それにも勇気づけられました。余談ですがこの本、十代の若者が主役の小説書くなら必携ですよ。
ただ、健康上の理由でどうしても焦りがでる、というのはありますね。
あとは、身の回りに理解者を持つこと、ですね」

――さて。ここからは踏み絵みたいな質問です。SFを愛していますか。

理山「はい」

――SFとの出会いはいつ、どの作品ですか。

理山「小学校低学年のとき。シェクリー『不死販売株式会社』」

――それわたしもよみましたよー。たぶん小学生になるかならないかのころ。
そうかわたしのSF初体験は『惑星間の狩人』ではなくこっちだったのかも。

理山「あのシリーズ(*)は全巻制覇しました。『惑星間の狩人』も大好きでしたね」

(*註:あかね書房 《少年少女世界SF文学全集》 のこと。なお『惑星間の狩人』はこのシリーズでは『惑星ハンター』というタイトルだった。
担当氏いわく「ぼくや理山さんの世代はね、みんな読んでるの。そう必読書」だそうです。すみません松崎ぜんぶ読んでません)

――では、いちばんすきなSF小説は。

理山「小松左京『果しなき流れの果に』」

それではつづいて、第3回創元SF短編賞優秀賞賞受賞者・オキシタケヒコさん編を。