フィクション(作品試し読みなど)

サイトのみで発表する新作はこのカテゴリです。
新刊発売記念企画や作品の試し読みもこちらです。
「試し読みのもくじがほしいなあ」とお思いのかたは、お手数ですが「作品一覧」ページへ飛んでくださいませ。
サイト外掲載情報:
『5まで数える』収録短編「やつはアル・クシガイだ――疑似科学バスターズ」は筑摩書房公式サイトにて全文試し読みができます。
『小説すばる』(集英社)2017年6月号掲載の短編「惑星Xの憂鬱」が集英社公式サイトにて冒頭試し読みできます。

「砂漠」冒頭部分試し読み(『5まで数える』収録)

作成日:2017/09/02 最終更新日:2017/09/02 かいたひと:松崎有理

  人間のやることは凶暴すぎる。  宮崎駿「空のいけにえ」(サン=テグジュペリ『人間の土地』、新潮文庫より)

***

 どこにも怪我はないようだった。
 不幸中のさいわい、と定型句をつぶやいて、少年は空をみあげた。嫌味なくらい徹底的に晴れわたっていて、雲の存在など忘れてしまったかのようである。太陽はほぼ空の頂点に達しており、残酷なほど強烈に地表をあぶりつづけている。火にかけた鍋の底にいるみたいだった。いまは十二月、この大陸は真夏だ。
 はたしてこれは幸運なのか不運なのか。

続きを読む

「バスターズ・ライジング」冒頭部分試し読み(『5まで数える』収録)

作成日:2017/09/01 最終更新日:2017/09/02 かいたひと:松崎有理

 一二五ダラーといえば、舞台鑑賞の料金としてはかなりの高額である。それでも超能力者ロクスタ師の秋公演チケットはまたも即日完売となった。
 ロクスタ師の宣伝方法はつねにシンプルかつ効果的だ。今回のコピーは「あなたは奇跡を目撃する」。基本、事前情報はこれだけ。それでもひとは争ってチケットを求めるのである。二週間の公演を通して座席を押さえる熱心なファン、ないし信者も多かった。
 会場は劇場街最大規模を誇るニューシティシアター。入口には物販があって、ここへも客の金がつぎこまれる。ロクスタ師の著書、師監修の超能力自己開発キットや悪い波動を防ぐという護符類。ネットワークの公式サイトから通信販売するばあいの数倍の価格なのに、山積みであった商品はすでに売り切れ寸前だ。公演時に入手すればより強い奇跡の力に触れられると信じられているためである。
 前宣伝どおり、この夜かれらは奇跡を目撃した。公演初日の開演を告げるブザーとともにざわめきが止んで、客席側の照明が落ち、無人のステージに二千対の視線が集中する。ステージは通常の仕様で、舞台奥には大黒幕、袖には三重の黒い袖幕がついていた。数十秒も無音の時間が流れたあと、ふいに音楽。舞台両袖からスモーク。するとステージ中央に、トレードマークの白いローブをまとったロクスタ師の姿がとつじょ出現した。

続きを読む

「たとえわれ命死ぬとも」冒頭部分試し読み(『5まで数える』収録)

作成日:2017/09/01 最終更新日:2017/09/02 かいたひと:松崎有理

  死亡や障害が予見されるようないかなる(人体)実験も行われてはならない。例外があるとすれば、実験する医師自身が被験者となるものであろう。 ニュルンベルク綱領第五条、著者訳

***

 法学部ではなく医学部へ行きたい、とうちあけたときの両親の顔を大良は生涯忘れることはなかった。
 十八歳の夏のことだ。居間の大きな窓は開け放たれ、天井では輸入もののしゃれた扇風機がゆっくり回転して微風をつくりだしていた。両親はまず驚き、ついでやはり、という表情になり、それから泣いた。だが息子を止めはしなかった。止めても無駄とわかっていたからだ。両親としては、生き残った子供には安心安全な道を歩んでほしいと願っていたのだが。たとえば父親のような弁護士になるとか。
 嘆く両親を置き去りにして大良は二階の自室にあがり、受験勉強のつづきにかかった。彼にはもうひとつ忘れられない顔があった。だから彼は医学部をめざす。医師に、より正確には実験医になるためである。

続きを読む