春の蕎麦まつり【文化人類学・架空レポート】

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わさび

作成日:2014/06/02 最終更新日:2019/03/11 かいたひと:松崎有理

登場人物のご紹介

●レポート執筆者/ヌガーくん 二十三歳。モポンチョキット村に代々つづく神官の長男。父の跡を継ぐ前に留学して外国の祭祀研究をすることに。日本文化を愛し日本語にも堪能。ソルボンヌにいけという父の反対を押し切って日本留学を決行、蛸足大学大学院に入学をはたす。おかげで実家からは半勘当状態。しかし仕送りはくるらしい。甘すぎるヌガー父。(なおヌガー nougat という名前は父が留学中むちゅうになった菓子からとった)

●評者/ユーリー小松崎 三十三歳。蛸足大学大学院人類学研究室助教。ヌガーくんの指導教官。ロシア人クォーターだが生まれも育ちも日本なのでロシア語はほぼ話せない。四コマ専門まんが家とクラシック音楽評論家の顔ももつ。論文、著書多数。代表作は「島弧西部古都市において特異的にみられる奇習 “繰り返し『ぶぶ漬けいかがどす』ゲーム” は戦略的行動か?」

レポート「春の蕎麦まつり」

はじめに

本稿は蛸足大学人類学研究科博士前期課程一年次「文化人類学実習Ⅰ」のための第三回レポートである。
春とは、日本人にとって特別な季節である。一年のはじまりは真冬の一月一日であるが、これはたんに暦上の便宜的な区切りにすぎない。この国の学校や公的機関のほぼすべてが、一年のはじまりを春としている(*1)。
筆者のばあい、多くの留学生と同様に秋入学であったので、今回の春が日本におけるはじめての春であった。三月末から四月はじめにかけての時期、筆者はふしぎな経験をした。連日、見知らぬひとが筆者の下宿にやってきて、黒く細長いものの束をわたしていくのである。長さや色かたちから判断して、古代よりこの地に伝わる呪術道具のひとつ筮竹 zei-chiku (*2)ではないかと思ったが、大家さんの助言により蕎麦 so-ba という食べ物であることが判明した。このしきたりは、一年のはじまりである春に蕎麦を贈る、という新年行事なのであろう。筆者はこの行事に「春の蕎麦まつり」という名前を便宜的につけ、その実態と民俗的機能を調査することにした。

調査方法

中世ふう地図

図1.「春の蕎麦まつり」調査地域。


調査地域は図1に示した。古くからの住宅地で、学生用下宿も多い。筆者のすまいもそんな下宿のひとつである。当該地域から二〇世帯を無作為に選び、「春の蕎麦まつり」風習について聞きとり調査を行った。

調査記録

聞きとり調査の結果、おどろくべきことがわかった。新年行事「春の蕎麦まつり」の実態とは、転居してきたひとが近所の居住者へ蕎麦を贈与(*3)することであり、贈与物たる蕎麦は引っ越し蕎麦 hikkoshi-so-ba という特殊な名で呼ばれていた。日本での引っ越しは実質上の新年である春に集中する。よって、このような新年行事が成立したものと思われる。

考察

引っ越しのさい近所の居住者にあいさつをし、贈り物をする理由はわかる。今後の関係を円滑化するためだ。しかしおおきな疑問がひとつ残る。
なぜ、蕎麦なのか。
「おそばにきました、って駄洒落だよ」というのが地域の古老による説明である。駄洒落とは日本民俗学が得意とする名彙アプローチ(*4)手法のひとつであるが、おそらくこの関係は逆だ。蕎麦を贈る風習が先にあって、それから「おそばにきました」の意味であると解釈がなされたのだろう。
では、あらためて問おう。なぜ、蕎麦か。
大家さん指導のもとに筆者もいただきものの蕎麦を調理し、試食してみた。図2のような食べ方が古式にのっとった正しい作法なのだという。

北斎漫画

図2.正しい蕎麦の食べ方。江戸期 Edo Period の資料による。


その特徴として、

  • 麺は黒く、食べるのに躊躇する色
  • まだ肌寒い時期であるのにわざわざ冷やす
  • 食べるとき大きな音を立てるべし、という無茶ルールが存在する
  • わさびというへんな辛い根っこ(図3)を同時に食べねばならない

わさび

図3.わさび Wasabia japonica 。ハーブの一種。近代以前は薬として使われていたらしい。なおわさびの辛さは辛子(セイヨウカラシナ Brassica juncea の種子が原料)の辛さと区別して「わさい」と表現する。語源はおそらく「わび・さび(侘・寂)」か。


などがあげられる。
これほどまでに食べにくいものを他人に贈る意味とはなんだろう。
筆者の仮説はつぎのようなものだ。当初、蕎麦食いは転入者への居住者側からの通過儀礼であった。この食べにくい蕎麦を勧められ、完食することによってはじめて共同体への加入が正式に認められたのであろう。のちに蕎麦をあたためた汁に入れる調理法が発明され、また蕎麦粉に小麦粉を混ぜる方法が普及し見た目の黒さが失われていったため、食べることがさほど困難ではなくなった。通過儀礼としての意味が薄れて贈与のほうへ重点がシフトし、転入者が居住者たちに贈るものとなった。しかしまだ贈与儀礼としては完成していない。引っ越し蕎麦をもらった居住者側からの返礼が欠けているからである。今後、この風習には蕎麦への返礼が追加されるものと予想される(*5)。
新年行事「春の蕎麦まつり」は、通過儀礼が贈与儀礼にうつりかわっていく過程をみることができる貴重な慣習である。

*1 これは百年ほど前までつかわれていた旧暦 kyuu-reki のなごりであろう。旧暦の新年は立春のころであった。だから日本においてはいまでも春=新年という意識が根強い。この時期には、大量に酒を飲みながら桜の下に埋まった死体を探す花見 hana-mi という全国規模のまつりや、大学の新歓コンパに代表される各種通過儀礼が数多く催される。
*2 筆者は神職の跡継ぎであるので、呪術やその道具には深い関心を抱いている。日本では大型店舗の一角などで市民たちがきがるに呪術サービスをうけることができる。筆者の調査によれば10分あたりおよそ1000円で、プロの呪術師との対面相談が可能。牛などの貢ぎ物や複雑な儀礼のかずかずを要求してくるモポンチョキット村の呪術師たちとはおおちがいである。
*3 マルセル・モース『贈与論』(1925年)
*4 柳田国男『蝸牛考』(1930年)で展開される、ことばの相似から起源やもとの意味をさぐりだす手法。古くは落語、近年ではお笑いにおいても多用される。筆者のすきな若手お笑いコンビ「ネガティブアワード」の持ちネタにも多い。たとえば「猫が寝込んだ」など。
*5 返礼にどのようなものが用いられるかはかんぜんな推論となってしまうが、クスクスかヤンガマットであれば筆者はうれしい。なお後者はモポンチョキット村の代表的な主食である。

指導教官より

  • 今回は古地図ですか。ええ、もうなにもいいません。今後もすきにやってください。
  • 花見は死体を探すまつりではありません。梶井基次郎「桜の樹の下には」を誤読したのでしょうか。
  • 新歓コンパは通過儀礼、という指摘はまさにそのとおりです。春先の肌寒い夜に大量のビールを飲まねば仲間とみとめてもらえないのですよ。
  • 呪術サービスとまでいうのはちょっとおおげさで、要するに占いのブースですね。
  • 引っ越し蕎麦は新年行事、というのはいいすぎでしょう。春に集中しがちだから、そう思うのもしかたないことですが。
  • 駄洒落は民俗学の名彙アプローチとはまったくちがうものです。ねえヌガーくんわかっててやってませんか。たんに「ネガティブアワード」の名前を出したかっただけでは。しかもこのコンビ、こんなネタばかりではとうてい売れない気がします。
  • 引っ越し蕎麦の過去と未来のすがたにせまった仮説の展開はすばらしいのですけれど、通過儀礼であったというのはまちがいでしょう。蕎麦は、外国人にはそうとう奇妙にみえますが、日本で生まれ育った者にとっては粋な食べ物なのです。
  • こんどヤンガマットを食べさせてください。

●評価=D(ヤンガマットがおいしかったら再考します)

補遺

やたら濃い蕎麦情報を得られるサイトばかりを厳選してご紹介。いずれも書き手は本職の蕎麦屋さんです。

  • 手打ちそば喜心庵
    札幌市の蕎麦屋さん。
    どれだけ蕎麦が好きなのか、とにかくあらゆる蕎麦情報が詰まっている。とくに「そばの迷宮」がおすすめ。また江戸時代の蕎麦専門書『蕎麦全書』を紹介。著者は日新舎友蕎子、みずから蕎麦を打つということ以外なにもわからないなぞのひと。名前からして蕎麦ずき感満載。
  • そばの豆事典
    愛知県で手打ち蕎麦屋さんをやっているひとのサイト。
    五十音順で蕎麦関連用語がこれでもかと並べられている。わからない言葉があったらたいていここでみつかるんじゃないかな。

 

この記事は、『ジャーロ』(光文社)vol. 51、2014 SUMMER に掲載された「月の裏側 日本のまつり——日本人の知らない日本についての文化人類学的報告」に加筆したものです。

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【文化人類学・架空レポート】
第一回はこちら。
節分と柊鰯
第二回はこちら。
日本における “冬の大チョコレート祭り” の起源をさぐる

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「島弧西部古都市において特異的にみられる奇習“繰り返し『ぶぶ漬けいかがどす』ゲーム”は戦略的行動か?」
「経済学者は猫よりも合理的なのか?」
「図書館所蔵の推理小説に“犯人こいつ”と書きこむひとはどんなひとか」
「おやじギャグの社会行動学的意義・その数理解析」
「比較生物学から導かれる無毛と長寿との関係――はげは長生き?」
などなど。タイトルからしておかしいのに、投稿された論文にだれもダメだししてくれません。そんな実験を続けるうち、研究者に妨害の魔の手が。謎の組織・論文警察やその黒幕の正体は。そして主人公に接近する黒衣の超美人ハーフ研究者は敵か味方か。「代書屋」シリーズでおなじみ、敏腕代筆業者のトキトーさんも登場します。
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松崎有理のほかの著作については、作品一覧ページをごらんください。

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