チャイコフスキー実況中継



「みなさま、こんばんは。
当番組『クラシックコンサート』では、新企画といたしまして副音声で演奏に実況および解説をつける、という試みをはじめました。
実況はわたくし、スポーツ担当者と、解説はロシア人とのクォーターで作家のユーリー小松崎さんです。
小松崎さん、ロシア語はおできになりますか? *) 」

「いやあ、ぼくは日本育ちなのでぜんぜん。
知ってるのはハラショーくらいです。ほらあの、飛行機が着陸するときに拍手とともにいうやつ」

「飛行機着陸のぶじをたたえるのはアエロフロート航空だけですよ」

「そうですか? ハンガリー航空もやってましたけど」

「まあ、いいでしょう。さて、実況にもどります。
本日のプログラムは、ピョートル・イリイチ・チャイコフスキーのメガヒットナンバー、交響曲第四番ヘ短調作品三十六 **) 。
演奏は国立カリーニングラード放送交響管弦楽団、指揮はイワン・イワノヴィチ・イワノフです。
指揮のイワノフ、指揮棒をかまえ、おおきくふりかぶって」

「指揮棒はふりかぶる、っていわないよなあ」

「いま、ホルンとファゴットに向かってふりおろしました。
解説のユーリーさん、この試合開始直後、もとい第一楽章冒頭の旋律ですが、
運命の主題、と呼ばれているそうですけれど」

チャイコフスキー 交響曲第四番


「冒頭にもっとも派手なものをもってくる、という創作者にとっての基本的手法ですね。
しかもこの旋律、結末のための伏線でもあるわけです」

「はあ、伏線、ね」

「いいですか、しばらく聴いてください……

チャイコフスキー 交響曲第四番


……ここです。
中盤、193小節めから、またこの運命の主題が顔を出します。これも伏線、です」

「そうなんですか」

(以後、第二楽章、第三楽章と進む)

「さて、試合は、もとい演奏は第四楽章に突入しました。
指揮者イワノフにも疲れがみえますが、最終楽章ですからここはふんばりどころですね」

「はい、物語論的にいうとこの第四楽章は起承転結の結、にあたります……

チャイコフスキー 交響曲第四番


……ほら、きた。ここです、199小節めからです」

「またしても運命の主題があらわれましたね」

「そうです、ここで伏線が回収されたんです。
あとは結末に向けて疾走、ハリウッド映画もはだしで逃げだすハッピーエンドですよ。
あ、演奏が終わりましたね。聴衆の拍手がそろってきたら、お約束のアンコール、つまりあとがきです」

「実況はスポーツ担当者、解説は作家でロシア系三世のユーリー小松崎さんでした。
それでは、この企画が続いて、みなさんにまたお耳にかかれますことを。さようなら」

「さようなら」


(番組より追記。当企画は不評につき一回かぎりで終了となりました)



*) 「ロシア語はおできになりますか?」
『ミクロの決死圏2』(アイザック・アシモフ著、浅倉久志訳)のひじょうに秀逸な冒頭の一文。
失神癖のある主人公はこのあとロシア美人に誘拐され、格言ウォッカおやじや謎の敏腕スパイおばさんや超ツンデレ美青年研究者にこづきまわされながら驚天動地の新発見をすることになる。

**) ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー作曲 交響曲第四番ヘ短調作品三十六のフルスコアはこちら