小説すばる「特別料理」ボツバージョン公開



#本稿は『小説すばる』「特別料理」担当編集者の了解のもとに公開されています。

理系女子ならではのお料理体験をおねがいします」
との依頼で、
『小説すばる』(集英社)2011年12月号「特別料理」のコーナーににエッセイをかきました。11月17日発売。

わあ小すばからの依頼、と舞いあがった松崎。
勢いあまって二本かき、しかもどっちにするかじぶんできめられずに
「おもしろいと思ったほうをつかってください」
と、「特別料理」担当編集者に両方とも送ってしまった。

もちろん片方だけが採用されて雑誌に載ったわけだけど、
ボツになったものもそれなりに味があって捨てがたいので、ここで公開いたします。


「特別料理」 松崎 有理

一月の理学部は緊張感につつまれている。学部四年生の卒論提出期限がせまっているからだ。
当時わたしが所属していた講座の四年生部屋も、やはりおおづめをむかえていた。再提出する留年組をふくむ十四人の学生たちは、めいめいが決死の形相で作業にとりくんでいる。そのころ普及しはじめたマッキントッシュで論文の初稿をかいているのははやいほうだ。たいていは文章にすら入れず、畳ほどもある巨大な図面に色をつけたり、掲載する写真をえらんだりしている。まだデータ整理をしている者さえいるしまつだ。
そんななか。比較的順調に研究をすすめていたわたしはすでに初稿もかきあがり、時間に余裕があったので、仲間の作業を手伝っていた。三年生たちの大部分も、となりの部屋から加勢にきてくれている。
そして。
「はいはいごめんよおじゃまするよ」
と、鍋釜一式をかかえて四年生部屋にやってきたのは修士課程の一年生たちだ。かれらは作業机のあいだに炊飯器をいくつも設置し、芋煮(*)にもつかう巨大な鍋をふたつ、入口そばのガス台にかけて、切った肉や野菜を放りこみはじめた。
卒論提出直前恒例、修士一年主催のカレーパーティのはじまりだ。
去年、四年生だったかれらは、三年生だったわたしたちに卒論製作を助けられている。だからおかえしに、この時期カレーを手づくりしてふるまってくれる。百年余の歴史をほこる当講座のならわしのひとつだ。
しかし。
炊飯器や鍋からあがる水蒸気が図面を曲げる。作業机はまな板や調味料で占領される。調理にたずさわる院生たちが部屋をひんぱんに出入りし、室内を右往左往する。匂いにつられて博士課程の院生もあつまってくる。
じゃましているとしか思えない
あれえ、と声があがる。サークルの先輩でもある院生だ。不器用な性格とふるまいがみなから愛されている。
「水の量、まちがえたかな。なんかうすい」カレー鍋の片方を担当したのだが、どうやらまた、彼らしい不器用さが発揮されたらしい。
わたしは席を立ち、彼を手伝うことにした。本末転倒、とつぶやきながら。

*芋煮=東北地方で秋に行われる伝統的な野外食事会。会場は河原、仙台市なら広瀬川が正統。火をたいて大鍋をかけ、里芋などの野菜と肉を煮こむ。みそ味が仙台ふう。


#追記
東京創元社・担当氏の感想:
「いやあだめだね。説明しすぎ。掲載版のほうがはるかにおもしろいよ」
松崎がへこみまくったことはいうまでもない。




2011/11/17 執筆
2011/11/19 加筆