カズオ・イシグロ作品を(ほぼ)ぜんぶ読んだのであらすじを紹介する

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作成日:2017/10/07 最終更新日:2017/10/12 かいたひと:松崎有理

「作家になるぞ」ときめたころ、特定の作家について集中的に読み、プロットのメモをつくるという訓練を続けた時期があった(頻度は減ったがいまもしている)。
そのひとりが日系イギリス人ブッカー賞作家、カズオ・イシグロ。なにせ作品数がすくないのでコンプリートはとてもらく。長編だけなら7作しかない。
『充たされざる者』(1995)だけはあまりにとっつきにくそうで未読なのだが、ほか6作についてはかなり詳細なプロットメモを書いた。純文学作品のプロットを知りたいひとがどれだけいるかわからないけど、だれかの参考になれば。メモをつくった当時の感想や、作品ちゅうから心に残った文章の抜粋も。
それでは、作品の発表順にご紹介。
#注意:以下ではネタバレしています#


純文学はエンタメ小説とちがって、あらすじを知っていても読書のたのしさはいささかも軽減しないと松崎は信じています。再読によく耐えるのがその証拠です。名作であるほどその傾向が強いと思っています。そしてイシグロの作品は名作です。

【もくじ】
遠い山なみの光(1982)
浮世の画家(1986)
日の名残り(1989)
わたしたちが孤児だったころ(2000)
わたしを離さないで(2005)
忘れられた巨人(2015)

遠い山なみの光(1982)

「その約束は忘れないよ、その約束は忘れないよ」

年齢はどうだっていい、本質はその人の経験だ。百まで生きたってなんの経験もしない人だっている

漫然と生きている人たちなんてみんな馬鹿だ

女の人生はただ結婚して子供をじゃかすか産むだけじゃない。亭主とうるさいちびをうじゃうじゃ抱えてどこかに押し込められるなんて真っ平

【メモを書いた日】
 2009/2/6

【あらすじ】
悦子は故郷の長崎を捨て、イギリス人と再婚していまは夫の国に住んでいる。前夫との娘、景子が自殺した。景子はひきこもりで精神を病んでいた。いまの夫との子でロンドンに住んでいるニキは、母の様子が心配で田舎にある実家にやってくる。ニキはクールで皮肉屋なようでいて、けっこう母親思いだ。
ニキの訪問を受け、悦子は長崎時代に知り合った女性を思い出す。当時の長崎はまだ被爆の傷跡がなまなましく、人びとは復興のために懸命に努力しているさいちゅうだった。佐知子は当時の悦子よりいくつか年上くらいで、学校へ通ってもおかしくない歳の万里子という娘がいた。父はいない。佐知子は遊び人のアメリカ人と交際しているため近所での評判は悪かった。悦子はいつのまにか佐知子親子とつきあうようになり、たびたび家に行ったり万里子のめんどうをみたりする。あげくには金がないという佐知子に仕事の口まで紹介する。佐知子は娘を放任ぎみで、引き取ってくれるというもと夫の親戚側の申し出もほとんど無視し、アメリカ人と一緒に渡米する夢を抱えて生きている。そのせいか万里子はしばしば、子殺しをした女の幻影に悩まされているようだ。
彼女らと知り合ったころの悦子は幸せなはずだった。勤勉な夫に恵まれ、新しい命を宿している。福岡に住んでいて時々やってくる義父も尊敬している。だが旧弊な考えの義父と仕事で忙しい夫とはしばしば意見がすれちがう。夫とうまくコミュニケーションできないのは悦子も同じだった。この齟齬が、のちの夫との、そして日本との別れの原因となっていく。
佐知子親子はアメリカ人を頼って神戸に引越すことになる。引越し前夜、佐知子は娘が可愛がっていた子猫を連れていけないから、という理由で溺死させる。万里子がおそれていた、あの女が娘を殺した方法だった。それ以来、悦子が彼女たちと会うことはなかった。

【松崎の感想(メモ執筆当時)】
デビュー長篇、王立文学協会賞受賞。このひとくらいのペースで悠々と長篇を出したいものだ。もちろん、売れまくるのが前提だけど。
訳がけっして自己主張せず透明なおかげで読みやすく仕上がっている。そもそもそれほど長くないので数時間で読了できる。とても読者思いの姿勢だ。主人公悦子が渡英したいきさつ、長女景子の自殺の原因などはっきり描かれない部分もあるが、それはそれでいいのだろう。これは謎ときミステリではなく文学なのだから。
イシグロおなじみの一人称視点固定、過去を振り返る形式で時系列は前後する。最初からこういう作風だったのね。

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浮世の画家(1986)

決して群集に盲従してはならぬ、時勢に押し流されるな

物事をいつでも決められたアングルから眺めるだけではいけない

そこに傷があるのを見て、いまだにくよくよ悩んでいるのは俺と君くらいなもんだ。ほかの誰も気にしちゃいない

有能であっても当たり障りのない人間は、自己の凡庸さを脱するためにすべてを賭け、そして打ち勝つ瞬間のことなど生涯知らずに終わるだろう

【メモを書いた日】
 2009/2/8

【あらすじ】
終戦から数年後。引退した画家の小野益次は、現役時代の名声を反映するかのような立派な家に住んでいる。だが次女の紀子の見合いは万事順調にみえていたのに急に破談になった。小野は、原因は戦時中の自分の作風にあると考える。いかにも愛国主義を礼讃するかのような当時の姿勢は、現代の新しい風に当たった若者たちには批難の対象となっている自覚があった。現に、長女節子の夫は、小野のかつての仕事を正面から批判する。年寄りどもは謝罪すらしない、当時犠牲になったあまたの若者たちの死骸の上に富を築いている、と。
町は戦時中の焼夷弾による破壊から立ち直りつつあり、どんどん変わっていく。その中で唯一むかしの場所で営業を続ける小さなバーで、小野は過去を回想する。すでに名をなした自分と弟子たちとの軋轢、それと重なりあうかのような修行時代の自分自身と恩師との対立。どの時代にも似たようなことが繰り返されている。お互いに大人気がなかった、だがいまなら理解できるように思う。
紀子が次に見合いする家は、美術界の重鎮だった。初めての見合いの席で、小野は自らの過去の仕事に対しなんら恥ずべき感情は持っていないという心情を吐露する。彼自身は見合いを成功させるために必須だと考えていたが、紀子も節子も、そのような発言はあの場では意外かつ不必要だったと思っているらしい。小野は娘たちは誤解しているのだ、と考える。結局のところ見合いは成功し、以後誤解はうやむやになったままだが、小野は旧友とのつかのまの再会と死を乗り越えて、ある種の達観の域にいた。みろ、あの若者たち。新しい時代の希望に満ちて、実にいい笑顔をしているじゃないか。

【松崎の感想(メモ執筆当時)】
長篇二作目、ウイットブレッド賞。やはり信頼できない一人称で過去を回想する形式。どうやらこの形はもはやイシグロ形式と呼んでもいいかもしれない。類似点が見えてくるにつれさすがに飽きてきたのか、他の作品よりはインパクトが弱い気がする。
こちらの訳もあえて個性を出さず読みやすい。やはり翻訳ってこうでなくちゃ。とんでもない有名人が訳す場合は除いて、翻訳者とはあくまで黒子に徹するものであり、顔がみえてはいけない、と思う。この訳者の飛田氏も前著の小野寺氏も、ストイックなまでに自分の文体というものを殺していた。翻訳とは原文の文体をすっかり解体してしまう作業であり、そこに新たな文体を加えるのはきっととても勇気のいることにちがいない。だが、これだけ文体というものがきれいに消去されてしまっても、作家がほんとうにいいたいことは残るものだ。だから文体に依存してはいけない。反面教師はウルフであり、見習うべきはベケットだ。

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日の名残り(1989)

偉大な執事はスーツのように執事職をまとい、人の目のあるところでは決して脱がない。並の執事はパントマイムのようで、ちょっと動揺するとすぐに中の演技者がむきだしになってしまう

政治というのは華やかな国際会議の場で決まるのではない。偉大なお屋敷での何週間もの根回し作業の単なる承認にすぎない

自らの執事人生をふりかえり、偉大な紳士に仕えることによって人類に貢献した、と断言できるひとこそ真に偉大な執事だ

日々の生活に追われる庶民が、あらゆる政治的国際的問題について自分の意見を持つことなどは現実的に言って不可能だ

【メモを書いた日】
 2009/1/4

【あらすじ】
生粋の英国人ベテラン執事スティーブンスは、三年前に職場である英国伝統屋敷ダーリントンホールとともにアメリカ人に売られた。このたび主人の計らいで休暇をもらい、西部地方へドライブ旅行に出ることになった。彼にはちょっとした思惑があった。現在自分を含めてたった四人で広大な屋敷を切り回していることに限界を感じつつあったので、結婚して西部に移り住んだ有能なもと女中頭ミス・ケントンの家に寄り、ふたたびダーリントンホールで一緒に仕事をしないかと誘ってみるつもりだった。彼女からの手紙は、結婚生活が不幸であること、ダーリントンホールでの日々を懐かしがり、戻りたがっていることが匂わせてあるように思えた。彼は主人の提案を受け入れ、フォードを借りて、今までほとんど離れたことのないダーリントンホールから旅立つ。
彼は慣れない車を運転し、ラジエーターの水切れやガス欠などのトラブルにみまわれつつも、周囲の人びとのあたたかい協力のもとに順調に西部へと進む。ソールズベリー、ドーセット州、サマセット州、そして目的地であるデボン州。なだらかな曲線と落ちついた緑に覆われた英国の風景は、アメリカやアフリカのような派手さはないものの見る者の心を等しく和ませるなにかがある。それは品格といっていいだろう。
彼は道中、執事の品格について考察する。彼の父は最高の品格を持つ偉大な執事だった。その品格は、言葉で説明されなくとも彼の仕事中の態度をみればすぐにわかる。スティーブンスの兄は戦争中の愚かな作戦の失敗の犠牲となって死んだ。だがその作戦を指揮した愚昧な士官が主人の屋敷に客として訪れたとき、父は悲しみや怒りをおくびにも出さずみごとに世話してみせた。
スティーブンスはダーリントンホールに三十五年勤務していた。彼は完璧な品格をもつ執事であろうと努力し、ほぼ成功をおさめた自分を誇りに思っている。実の父が死んだときすら、仕事を最優先したため死に目に会えなかったくらいだ。そうまでして彼は主人であるダーリントン卿を尊敬し、信じて奉仕したつもりであった。だが、ことあるごとに彼は他人に対し自分の過去を否定するような態度をとってしまう。まるで、自分がダーリントン卿に仕えていたことを隠すかのような。
ダーリントン卿は正真正銘の英国紳士だった。優しく、正義感にあふれ、弱者をいためつけるような態度はけっして許さなかった。その紳士としての良心を生き馬の目を抜くがごとき国際政治の場でいいように利用され、当時敗戦国であったはずのドイツでのナチスの台頭を結果的に助長してしまった。評判を傷つけられた卿の晩年は悲惨だった。痛ましかった。
ミス・ケントンとはダーリントン卿時代には何度も反目した。だが彼女にはぶじ再会できた。彼女はそこそこに不幸でそこそこに幸福な結婚生活に諦めに似た満足を覚えていること、じつは彼女は自分を愛していたのだがいまは気持ちの整理がついている、ということがわかる。彼女がダーリントンに戻りたがっている、と思ったのは深読みのしすぎだったらしい。
その後スティーブンスは、ふと立ち寄ったウェイマスで自分のほんとうの姿に気づき深く後悔する。彼はダーリントン卿の正しさを信じていた。しかし、その信頼があまりに盲目的で思考停止状態に近いものだったことを自分で認めたくなかったのだ。結果はどうあれ、ダーリントン卿は自分で自分の道を選んだ。だがスティーブンスは選ぶことすらしなかった。
しかし居合わせて彼の話を聞いたもと同業者の男は言う。なにごとも、完璧ってわけにはいかないだろう。うしろばかり見ていないで、残りの人生を楽しまなくちゃ。ごらん、夕暮れどきは一日のうちでいちばんきれいな時間帯なんだぜ。

【松崎の感想(メモ執筆当時)】
基本的に読みやすい。三時間で読了。
原題は The Remains of the Day.「過ぎ去った一日を振り返ったとき、目に入るいろんなこと」の意味だが、なんとオランダの作家と「タイトル交換」をして手に入れた題なのだそうだ。おもしろいね。ところでこのオランダ人は、英語で執筆しているのかな。
ひとことでいえば執事小説。主人公は徹頭徹尾、骨の髄から英国執事である。彼が六日間の休暇で国内の風景を愛でつつ旅をし、その間これまでの執事人生について思いを巡らし内省にふける、というのが大筋。主人公がやたらと自分の内面に入り込んでばかりいるせいか、風景描写は当人が誉めたたえているわりには分量がなく、むしろ独白のほうにずっと多くの紙数が割かれている。
形式は主人公による一人称だが、『わたしたちが孤児だったころ』にくらべるとこの語り手はまだしも信頼がおける。しかしあちこちに不確実さが紛れ込んでおり、最後のほうで実は壮大なツンデレ小説であったことがわかる、というしかけをつくっている。
疑問がひとつ。執事って年金もらえないのかな。休暇も少なすぎるし、労働条件がとても悪いような気がする。

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わたしたちが孤児だったころ(2000)

結局のところ、あれはただのもの。両親をなくしてしまったのだから、もののことなど気にしてはいない

まるで家の中まで馬を連れて来てしまった人のようにいたたまれない

小さな暗い押し入れを四つに区切り、そのそれぞれに家族が暮らしている

もうひとりは両膝をつき、額を煉瓦の壁におしつけて、まるで憂鬱に打ち負かされたような格好だった

【メモを書いた日】
 2008/7/3

【あらすじ】
1923年夏。イギリスで大学を卒業したばかりのクリストファー・バンクスは探偵になるという子供のころからの夢を胸にロンドンに住むことにした。あるパーティで魅力的な若い女性サラ・ヘミングスに出逢う。彼女は有名な男を追いかけるという性癖があり、クリストファーは若い時には見向きもされなかったが、探偵として売れ出すにつれ彼女のほうから接近してくるようになる。ある日彼女はクリストファーが招かれていた大きな晩餐会に出入りできるよう彼を利用しようとするが、彼はすげなく拒否。仕方なく彼女は強引に、なりふりかまわず入ってきて、結果的に未来の夫となるサー・セシルに取り入ることができた。彼女は自分の動機を説明する。つまらない男と添って人生を無駄にしたくはないと。そして彼女は孤児であると。クリストファーも孤児だった。子供のころ過ごした上海で両親が行方不明になったきりだから。
上海時代の親友はアキラという日本人の少年だった。ふたりはときに子供らしい仲たがいもするけれど、一貫して信頼で結ばれた関係だった。彼はクリストファーを old chap と呼び、毎日のように遊んだ。クリストファーの母は美しく、高い理想の持ち主だった。夫の勤める会社がアヘン輸入を行っていることに心を痛め、反対運動に尽力していた。母の期待に応えられないことに父は苦悩していた。反対派のひとりフィリップおじさんはたびたび家に現れてクリストファーと遊んでくれた。クリストファーは彼が好きだった。
アキラは自分の家の風変わりで恐い使用人の薬瓶をはずみで盗んでしまう。クリストファーはいっしょに瓶を返しにいくと約束するが、決行の日になんと父が失踪する。アキラは彼を元気づけようと、二人が探偵にふんして父を救い出す遊びを考え出す。これからどうするのか、イギリスへ帰ってしまうのかと訊ねられると、アキラとともにずっと上海で暮らすと答える。ずっとずっと、old chap とともに。
ある事件の調査中、クリストファーはぐうぜん軍閥の重要人物ワン・クーの写真を手に入れる。見覚えがあった。父の失踪後まもなく家にやってきて母にののしられていた男だ。このできごとのあと、クリストファーがフィリップおじさんにつれられて買い物に出かけている間に、母までもが失踪してしまった。彼はイギリスの叔母の元に預けられ、以来アキラとは会わずじまいだ。
クリストファーは両親を亡くした気丈な少女ジェニファーをふとしたきっかけで養女にする。彼女は大切なものがたくさんつまっているはずのトランクが船会社の不備でなくなってしまったときも、笑ってうけ流していた。
クリストファーは自分の「使命」を意識しはじめる。1937年、世界は破滅的な戦争に向けて転がりだしていた。そんな世界を自分が救わなくては。周囲も自分をけしかけているように感じた。彼は上海でこの使命が解決されると信じる。同じころ、いまは夫婦となったセシルとサラも上海へと移動する。クリストファーはジェニファーに事情を説明して別れを告げる。両親は上海でアヘン事件に関わって誘拐され、いまだに拘束されていると信じ、助け出せば世界も救えると思っている。彼女は言う、「おじさまを助けてあげる」と。この養女は妄想を見抜いていた。
上海で彼はマクドナルドとグレイスンという参事会員に会い、前者が手だれの諜報部員だとずっと誤解する。イエロースネークと呼ばれる情報提供者に会えるよう打診するも、ただの役人の彼からはとうぜん色よい返事はない。日本軍の砲撃はすでにはじまっていた。上海の雑踏のなか、彼はアキラを見つけた。いや、見つけたと思った。セシルは老齢のためすでに影響力を失い、賭けごとに溺れていた。クリストファーは旧友に出逢い、むかし自分が住んでいた家に連れていかれ、当時両親の失踪事件を担当していたクン警部の情報を手に入れる。彼なら、両親の居所についてなにか知っているかもしれない。
クン警部はひどく落ちぶれていたが、手掛かりを思い出したら連絡すると約束してくれた。そんな折り、サラはセシルと別れるから一緒に駆け落ちしてほしいと頼んでくる。クリストファーは同意する。するとその直後にクン警部から電話が入る。両親が幽閉されているであろう場所についてだった。クリストファーはサラを残してその場所に向かう。そこはすでに日本軍との戦闘地帯になっていた。中国軍将校の助けを得て、クリストファーは砲弾で破壊された瓦礫の街を進む。将校はとちゅうで帰り、彼はただひとり戦場をさまよう。迷路のような構造、見なれぬ地形。すべてが方向感覚を狂わせる。だが重傷を負って倒れている日本兵を見つけた。きっとあれはアキラだ、一緒に両親を助け出すために来てくれたんだ。アキラに似た男の適確な道案内で、ふたりはついに目的の建物にたどりつく。しかしそこはなかば破壊されていた。ふたりは日本軍につかまり、アキラらしい男は情報を流した罪で逮捕されてしまう。クリストファーは領事館に送り返される。ここでグレイスンから種明かしをされ、フィリップおじさんと再会する。彼によると、父は拉致されたのではなく、母との関係に疲れて駆け落ちし、南方で病死したのだった。また母は、アヘン貿易に携わるワン・クーを侮辱したため、彼の妾として連れ去られた。その片棒を担いだのはほかならぬフィリップおじさんで、彼こそがイエロースネークだった。世界は幸せな幻想でできているのではない。現実は過酷だ。
二十年後。母は香港の修道院でまずまずの暮らしをしていた。サラは別の男性と結婚したが、体を壊して他界した。ジェニファーは結婚して子供ができたら一緒に住もうと言ってくれている。

【松崎の感想(メモ執筆当時)】
裏表紙のあらすじをみて「きっとこれはおもしろい」と直感。予想どおりおもしろかった。なかなか勘が磨かれてきたかな。 
探偵物語。信頼できない語り手 unrelaible narrator である主人公が過去を回想しながら物語を進行させていく。解説によれば、主人公の思い込みや情報の不十分さから現実と虚構が入り交じったつくりとなっている。たしかにあれはぜったいアキラじゃないよね。
「世界を変えるべき主人公の任務」は結局最後までよくわからない。マクガフィンなのか、それとも妄想だからわからないままでいいんだろうか。
ジェニファーの役割とはきっと、少し離れたところから冷静に主人公を観察するひと。

【松崎の感想(この記事をまとめている時点)】
松崎のなかではイシグロの最高傑作。あまりに好きすぎて、「こんな雰囲気の作品を、ぜひ自分も」と決意して書いたのが『5まで数える』。でもぜんぜんちがうお話になっちゃいました。

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わたしを離さないで(2005)

狭い隙間から日の光が太い束になって差し込む

恐れや望みをいくらでも持ち込める場所、それが秘密

大慌てだった、これじゃまるで誰かを襲いにいくみたい

あの瞬間、世界の手触りが優しくなった

【メモを書いた日】
 2008/5/9

【あらすじ】
キャシー・Hは三十一歳、優秀な「介護人」。「提供者」の世話をするのが仕事。ヘールシャムという施設出身。ここはとてもいいところだったらしく、介護している提供者にうらやましがられたりする。この時点ではまだ謎だらけだが、キャシーが子供時代からの回想を語り、じょじょに現代に向かってくるまでにすべてが明らかとなる。
トミーとルースは彼女のヘールシャム時代の親友。トミーは癇癪持ちで絵を書くのが苦手だが、キャシーとだけは理解しあうことができる。ルースは自分勝手なボス風タイプ。ヘールシャムは一見寄宿学校のようなところで、しばらく彼らのなんの変哲もない子供時代の描写が続く。だが「マダム」という謎の女性が現れるあたりからだんだんふつうでないことが露呈してくる。彼女は生徒の芸術作品のうち優れたものだけをときどきあつめにくる。生徒たちの間では「展示館」があるのだと信じられている。マダムはかれらを蛇か蜘蛛のように恐れている。
「ノーフォークはロストコーナー」というジョークが流行る。失ったものがすべて出てくる場所だという。キャスが大事にしていた『Never Let Me Go』のテープが紛失するが、これは後日ここでみつかる。これを唄いながら枕を抱いて踊っているのをマダムにみられる。彼女は泣いていた。
みなが十五歳になったある雨の日、「保護官」のひとりルーシー先生が真実を語る。かれらは臓器提供のために作られた存在であると。中年までも生きられないと。
十六歳になるころにはトミーとルースはつきあいはじめる。かれらは子供をつくれない体だ。ふたりは一度破局するが、キャスの仲介でもとのさやに収まる。そろそろ、かれらはヘールシャムを出て外の世界と向き合わなくてはならない年齢だ。
「コテージ」では論文を書くという課題があるが、完成しなくてもいいらしい。かれら三人は同じコテージに所属する。ここではヘールシャム出身者についての伝説めいた特例を耳にする。ほんとうに愛しあっているカップルは、何年間か提供を遅らせてもらえるらしい。そのころキャスは自分の性衝動に悩み、自分の「ポシブル」(=遺伝的親)はヌードモデルかもしれないと考えポルノ雑誌をめくるようになる。少し後、かれらと年上の友人はノーフォークまでルースのポシブルを探しに行く。これ自体は失敗したが、このときトミーと例のテープを見つけることができた。そして、彼は手帳に描いた動物の絵を見せてくれる。これで、提供猶予の伝説の資格が得られるかもしれないと考えているから。だがある日教会墓地でルースは彼の絵を否定する。ここから三人の間に亀裂が入るようになり、かれらは次々とコテージを出て介護人となる。それは提供者の前段階だ。
優秀な介護人となったキャスは、自分で世話をする提供者を選べるまでになった。そんな中、ルースと再会し彼女の介護人となる。ふたりはやはりすでに提供者となっているトミーに会いに行き、いっしょに座礁した船を見にいく。ここでルースは、マダムの住所をわたしてトミーとキャスが提供猶予に挑戦してほしいと訴える。まもなく彼女は最後の提供で死ぬ。
その後二人は約束通り愛しあうようになるが、時間はもう残されていない。二人はマダムの家に行き、ここでヘールシャムのエミリ先生と再会。噂はほんとうに噂にすぎなかったことを確認する。そして、クローン人間を人道的に育てるヘールシャムのような施設はもうなくなってしまったことも知る。帰り道、トミーはひさしぶりに癇癪を起こす。
トミーは介護人を交代させることを望み、キャスに最後をみとらせてはくれなかった。彼女は疲れはてた。介護人をやめて提供者となり、楽になる日がくるのを心待ちにしている。

【松崎の感想(メモ執筆当時)】
疑問。なぜ彼らは逃げないの? 遠く外国へ行ってしまえばいいのに。

【補足(この記事をまとめている時点)】
上のメモを書いたときたしか旅行中で、よってあらすじがちょっといいかげんです。まちがっている箇所があるかもしれません。ご注意ください。

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忘れられた巨人(2015)

【メモを書いた日】
 2016/3/18

【あらすじ】
とおいむかしのイングランド。ひとびとは「霧」とよばれる健忘現象に悩まされていた。ブリトン人の老夫婦、アクセルとベアトリスもそうである。ふたりは息子に会いにいくため旅に出る。ところがふたりは息子の住む村も正確な位置も、それどころか息子の顔さえさだかでない。
ふたりは雨やどりのため豪邸の廃墟へたちよる。そこには老女と長身の男がいて、この豪邸はかつてその男の家だったらしい。老女はその男が船頭だといい、彼のせいで夫と離ればなれになったと嘆く。船頭である男はいう。その島へ夫婦ふたりいっしょにわたるには条件がある。船頭がいくつか質問して、ふたりの絆がじゅうぶんに強いと判断したときであると。船頭はベアトリスの問いに答えていう。その質問とは、いちばん大切に思っている記憶とはなにか。それを夫婦それぞれに問うのだと。
船頭とわかれて雨宿りの廃屋から出たあと、ベアトリスは以前助けたよそものの女について話す。彼女もやはり島にわたれず夫に置いていかれた。この国は健忘の霧におおわれているのだから、夫婦の絆をどうやって証明すればいいのか。アクセルはそんな島に行く必要はないといってなぐさめる。
ふたりはサクソン人の村につく。そこの長はブリトン人だから安心だし、それにベアトリスは薬師の女に会いたがっていた。ベアトリスが脇腹の痛みを薬師に相談していると騒ぎが起こった。悪鬼が村人を殺し、十二歳の少年をさらっていったのである。たまたま村に滞在していた旅の戦士が助けに行ってくれるようだ。アクセルはそのサクソン人をひとめでただ者ではないと見抜く。
ふたりは長の家に宿泊する。長も、この村の健忘現象に困っていた。ベアトリスは霧の原因について知りたがり、薬師に紹介された賢い修道僧に会いに行こうと提案する。長は修道院への道はけわしく、あのあたりには雌竜がいると警告する。その竜退治をアーサー王より命じられた騎士が老いていまなおさまよっているとも。
サクソンの騎士が悪鬼を退治して村に帰ってきた。少年も助けられたというのに村人たちは怒り騒いでいる。翌朝、長が戦士ウィスタンを老夫婦にひきあわせる。ウィスタンはブリトン人のことばも解する。どうもアクセルに見覚えがあるらしい。長老によれば、例の少年は悪鬼に咬まれたので悪鬼に変わると村人たちは思いこんでいる。長老とウィスタンは少年を老夫婦に連れ出させようとしていた。ブリトン人の村であればそんな迷信は関係ないからだ。行きがかり上、ウィスタンも旅に同行することになった。
少年エドウィンには戦士の素質があった。以前、老人から予言のようにいわれたこともあった。彼の母はいない。だが夢のなかで母は、強くなって助けにきて、という。
ウィスタンは周辺を巡回する兵士たちをごまかすため白痴のふりをする。一行は老いたブリトン人の騎士とやはり老いた馬に出会う。ウィスタンは白痴のふりを解き、老騎士がアーサー王の甥ガウェインであるといいあてる。そこにエドウィンとウィスタンを追うブリトン人兵士があらわれる。彼のボスであるブレヌス卿によれば、ウィスタンは竜を退治するためにここへきたのだという。おなじ任をアーサーから賜っているガウェインとしてはもちろんおもしろくない。兵士はウィスタンに一瞬で倒される。ウィスタンの王が案じているのは、ブレヌス卿が竜を手なずけて戦力にすることである。
一同はめざす修道院に着いた。老夫婦は休んでいるが戦士と少年はせっせと薪を割っている。戦士はこの場所に不穏を感じている。ここはむかし砦であったことも見抜いていた。また少年の素質も見抜き、彼を鍛えようと考えはじめていた。
一同はは沈黙の僧にみちびかれて賢人ジョナスのもとへいく。ジョナスは霧の原因は竜であると指摘。そしてこの修道院が竜を守っているとも。
兵隊がやってきた。老夫婦と少年は修道僧の手引きで地下道へ逃がされるが、なぜかその入り口は封じられてしまう。地下道の奥にはガウェインがいて、ここには危険な獣がおり修道僧たちは一同を食わせるつもりだったという。修道院が少年を追って殺そうとするのは、例の咬み傷が竜のもので、少年は竜と惹かれ合うからだ。一同はガウェインを中心に協力して獣を倒す。少年は消え、修道院にひとり残ったウィスタンを助けに行った。ガウェインも去る。老夫婦はまた息子の村への旅に戻る。
ウィスタンは怪我をしたもののジョナスに治療され、少年と落ち合う。
ガウェインは回想する。アクセルとは戦友である。多くの戦場で多くのひとを殺してきた。
老夫婦はガウェインの忠告にしたがい川をくだることにした。船頭によってくくりつけられたふたつの籠は不安定で、離ればなれになる恐怖におびえながらふたりは流されていく。とちゅう、流れのない場所につかまってそこで船に乗った老女と小妖精たちに出会う。小妖精はいう、妻をこちらにまかせろ。彼女を救う治療法などないことはとっくにわかっているだろう。しかしアクセルはそれらをふりはらい、妻をおぶって上陸する。
少年は母親を探している件を戦士に告白する。そのために竜探しを偽ったのだと。戦士は許すも、かわりにブリトン人を憎み続けることを約束させる。
老夫婦は川を離れたあと、アクセルの不貞の記憶に苦しみながら三人の子供たちの住む小屋にたどりつく。子供たちは毒を仕込んだ山羊を飼っていて、それをつかって竜を倒すつもりでいた。竜が死ねば、両親はかれらを思いだして戻ってくると信じていた。老夫婦はかれらの頼みを断りきれずに巨人のケルンまで山羊を引いていく。ガウェインがとちゅうから同行する。
一行は巨人のケルンに到達する。そこにウィスタンとエドウィンがあらわれる。アクセルが指摘するように、ガウェインは竜の護衛役であった。竜の霧とは大魔導士マーリンの黒魔術で、おかげでブリトン人とサクソン人は過去を忘れどうにかなかよくしていられる。老騎士は愛馬を老夫婦に託し、竜を守るため戦士にたちむかい、斃れた。ウィスタンは竜を殺す。それはきたるべきサクソン人による征服の布石である。
エドウィンは母親の救出をあきらめ、戦士についていく。戦士はすべてのブリトン人をにくめといったけれど、あのやさしい老夫婦は含めないことにした。
船頭のもとへ老いた軍馬に乗った老夫婦がやってくる。島へわたす前に、船頭は記憶について二人それぞれに質問する。いちばんつらかった記憶は。妻の不貞のせいで息子が出奔し、そののち死んだこと。和解したあとも妻に息子の墓参りを許さなかったこと。しかし長い年月によって決心は変わり、息子の墓を訪ねる旅へ出たのだという。夫婦の愛とはゆるやかに変わるものであり、影もふくめて愛である。しかし船頭はいちどにひとりしか乗せられないという。まず船頭はベアトリスを船に乗せて漕ぎだす。アクセルは岸に残される。

【松崎の感想(メモ執筆当時)】
一行で内容を紹介すると「すっごくかわいいおじいちゃんとおばあちゃんが竜退治する話」。
結末はオープンエンド的。どうもアクセルは島へわたしてもらえない、いやみずから岸を離れて船に乗らない感じがする。

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*************
松崎有理はプロ小説家です。
プロフィール
作品一覧

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松崎有理のデビュー作です。

『あがり』文庫版表紙と瀬名秀明さんによる帯

出版社 東京創元社
発売日 2013/10/31
文庫
定価 903円(税込)
解説 三村美衣

●デビュー作『あがり』が文庫になりました。
文庫版ボーナストラックとして短編「幸福の神を追う」(集英社『小説すばる』2012年7月号掲載「おらほさきてけさいん」改題)を収録しました。また、文庫化するにあたり各話とも手をいれました。
なお、オーディオ版もあります。朗読は兼高美雪さんです。
もくじと作品概要
1、「あがり」第1回創元SF短編賞受賞作。師の死を悼む男子学生の実験がとんでもない結末を引き起こします
2、「ぼくの手のなかでしずかに」小太り薄毛で研究もぱっとしないポスドク数学者が、とある自己実験をはじめたせいでどんどん変貌していきます
3、「代書屋ミクラの幸運」論文執筆代行業、ひとよんで「代書屋」。ここからシリーズ短編集と長編が派生しました
4、「不可能もなく裏切りもなく」中編。著者の持つバイオ知識をあらんかぎり注ぎこんだ本格ハードSFです。ここで描かれたすべての実験がじっさいに再現可能です
5、「幸福の神を追う」いわゆる異類婚姻譚。異類といってもすっごくかわいらしい、あれですよ
6、「へむ」医学部の地下にはりめぐらされた通路。そこには子どもにしかみえない妖怪たちがひっそり暮らしていました。少年と少女はかれらとなかよくなりましたが、ある日とつぜん地下道の閉鎖が決定します

第1回創元SF短編賞受賞作「あがり」単品で電子版が発売されています。
税込定価105円、ファイル形式はXMDF。特別付録として「選考経過ならびに選評」を収録しています。

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