東北大学幻想研・SF/ミステリ研合同企画誌「ずんだ文学」コラボ企画・掌編競作 お題『珈琲』



ついに始動、「ずんだ文学」とのコラボ企画。
お題をきめておいて、各自が掌編をかく、というもの。
松崎の作品はここで発表、学生さんたちの作品はかれらのブログ『写像する生肉』および同人誌「ずんだ文学第三号」に掲載予定。
しかし、松崎はサークルの先輩でもなんでもないのに、こんなことしちゃっていいんだろうか。
まあ、おもしろければなんでもいいんだろう。そうだよね。



珈琲好きには向かない街   松崎有理

「砂糖と牛乳はおつけしますか?」
「いりません」
 喫茶店で珈琲を注文したときは、たいていこんな単純なやりとりですんでいた。この街に越してくるまでは。

 最初に出会ったのは、黒くない珈琲だった。
 とどけられた碗のなかをのぞきこみ、不審な気配に気づいたわたしは給仕を呼んだ。
「なんですか、これ?」
「珈琲ですよ」とは、若い女性の給仕だ。
「でも、色がへんです」
 彼女はああ、といって軽く笑った。「あらかじめ砂糖と牛乳が入っているんです」品目表に書いてあったでしょう、といいそえ、すぐに卓から去っていった。
 いそいで品目表をもういちど確認する。たしかに彼女のいうとおり、下のほうにごく小さな活字で、すべての珈琲には砂糖と牛乳が加えられております、とあった。
 驚愕だった。客に断りもせず、純粋な黒い珈琲に添加物をいれるなんて。毒を盛られた気分だった。わたしは珈琲を飲む気をすっかりなくし、そのまま店を出た。
 だが、そんな落胆などただの序章にすぎなかった。

 数日後、砂糖牛乳入り、とうたっていない店に入った。こんどこそはだいじょうぶ、と安心しきっていたわたしはみごとにうらぎられた。
 珈琲がきた。ゆでたまご、および、おにぎりといっしょに。
「すみません、このふたつは注文していませんが、まちがいでは?」卵とおにぎりを指し、運んできた給仕にいう。
 すると彼は壁の時計を示した。九時だった。「この時間帯、珈琲を注文されたお客さまには朝食を無料でおつけすることになっております」
 わたしはまたしても愕然とした。「いりません、下げてください」なにせわたしは、昼すぎになるまで水と珈琲以外いっさい口にしない習慣なのだ。勝手に食べ物などつけられては困る。
 だが給仕はけげんな表情をする。「なぜ? おねうちなのに」
 おねうち?
 はじめてきく言葉だ。意味もよくわからない。「とにかく、食べないんですよ」
 相手はむしろ不審者をみるような顔つきになった。「せめて、卵だけでも」
「卵もいりません」わたしは固く断る。
 ここで給仕はようやく微笑した。「それでは、お持ち帰りになられては?」言い残して、おにぎりの皿とともに戻っていった。
 卓上にはゆでたまごが、珈琲のとなりに白く丸く厳然として残されていた。

 卵事件から数日後。午前中に行ってはまずいらしい、ということを学習したわたしは、昼下がりの喫茶店をおとずれてみた。こんどこそはふつうの、なにも入っていない、なにもついてこない珈琲を、と願いながら。
 しかし、そんなわたしのはかない望みはまたしてもうちくだかれた。珈琲とともに盆に載ってやってきたのはおはぎ、いなりずし、それにあられと豆だった。
 ありえない組み合わせだ。どんな意図があるのかまったく見当がつかない。「あの、これ、頼んでいませんけど」
 担当の給仕は営業用の笑顔をみせる。「当店では、午後の時間はおやつを無料で提供しております。珈琲一杯のおねだんでこれだけついてくるって、おねうちでしょう?」
 また出た、意味不明のおねうち理論だ。
 おやつの種類くらい自分でえらびたい。それに量が多すぎる。だいたい、いなりずしっておやつなのか?「珈琲以外はぜんぶ下げてください」
 すると、わたしよりいくぶん年上そうな女性の給仕はあらまあ信じられない、という顔をした。「せっかくおねうちなのに、どうして? おまけなんですよ、おまけ」
 もはや説明するのもめんどうだ。「とにかく、いらないんです」
 彼女はこちらにかがみこみ、さとすようにいう。「そこを、ぜひ。当店の規則ですから。いままでに断ったひとなんていませんでしたよ」すごみのある声だった。わたしは逆らう気力をなくした。給仕はよろしい、といってひとつうなずくと、満足げに店の奥に消えた。
 目の前に並んだ白い珈琲碗と、皿に盛られたおまけたちをみつめてためいきをつく。わたしがほしいのは珈琲だけなのだ、ほかにはなにもいらない。
 なぜ、そんなささやかな自由がこの街には存在しないのだろう?

 そういうわけで、以来わたしは、珈琲がのみたくなったら自宅で、みずからの手で淹れることにしている。喫茶店に入るのは旅行したときだけだ。


< 了 > 


注1: 本稿は有限会社ホワイトラビット社長によるネイティブチェックずみです。
注2: とはいえ、本稿は架空の街を舞台にした完全なフィクションです。お住まいの地域の風習に似ているな、と感じたあなた、それはかんぺきにかんちがいですのでご安心を。